第19回3000字小説バトル Entry12
明日で退院という日の晩、中々眠れず何度も寝返りを打つ始末。こんな時は水でも飲んで気を静めるのが一番そう思ったので起き上がろうとしたが体が動かない。石のように重い。否何時の間にか体が紐で縛られている。何とかして紐を解かなければならないと思うほど強く締められる。
巨大な鏡が目の前に。不思議なことが起こるものだと感心したが現実にそんな事起こりはしない。ならば目の前に見えるのは夢なのか。身に起きていることも。納得はするもののこの様な夢をどうして見ているのだろうかと新たな疑問が湧くばかり。すると鏡の中に人らしきものが映っている。誰なのか定かではない。歪んでいるらしい。好奇心は疼く。知りたいと思いつつジッと見ているとはっきりしてきた。己の姿である。紛れも無く。両足が骨折した為に歩けずにいるのに鏡の中の姿は立っていた。
縛られているのが苦痛なのかい? そう言われると何時の間にか痛みが緩和していた。歩きたいのかい。答えられずにいた。そのままがいい。この世界も危険が一杯這いずり回っているから。何もかも悟りきった言い方を放す。捨て台詞ではない。納得してしまう。いいのだろうかと思うがその様な勘繰りは無用だと云い。お前さんは長いこと縛られていたのだから今更じたばたしても遅いわというと声高らかに笑う。ワシが守ってあげるから心配はご無用と言い放すと突然消えた。
鏡には何も映し出されてはいない。ライトの光が反射している。光の出所を探すが見当たらない。すると雨が激しく降りだす。どこなのか探していると鏡の中。何故と思った瞬間物が床に叩きつけられる。耳を澄ますとガラスのコップが床に落ちた音によく似ていた。雨音とガラスのコップが叩きつけられる音が交互に響く。出来損ないのメロディが奏でられる。聞くに堪えられない。耳を塞ぎたいが手が自由に動きはしない。すると鏡の中から手が出てきて耳を塞いでくれる。微かに聞こえるが耳障りではない。ありがとうというと何も云わずに手だけが残る。ウトウトし始める。目が自然に閉じる。意識したわけではない。何かが要求していた。深くは考えたくない。そう思ったから眠ることにした。
眠りから覚めると鏡の中に居た。両足で立っている。紐も解かれていた。自由に歩けるらしい。どこに行けばよいのか迷っていると光が奥の方から差し込んでくる。光線だった。導いているらしい。行ってもよいものか迷う。すると女が現れる。手招きをしているように思えた。行ってもよいのか再び迷う。その様な心の中を見抜かれたのか側に近寄ってくる。顔を見て驚く。母親! 何で母さんこんな所に居るの。夢だということを一瞬忘れた。マジに問う。するとゆっくりと笑みを浮かべる。再び手招きをする。母親なのだから心配ないだろう。疑うという壁が衝動的に外された。
暫らくすると光線だけになる。どこに行ってしまったのか探すが見当たらない。その時になって幻覚なのだと気付くが後に戻れない。光線は何時の間にか導くというより攻撃をし出す。凶器となり威嚇してくる。驚き避ける。それでも着いて行く。独り取り残されるのが怖いから体が震えだした。
小心者だとは認めたくは無いのにチラッと過るからそれがどうしたのよと捨て台詞を吐く。だが根っからの小心者らしく周りを気にしてしまう。夢なのだと分かっていても性根とやらは変わらないらしい。人は云う。小心者だと思えたらもうすでに違うと。だが思えば思うほど恐怖は霧のようにやってくる。音が気になる。耳が既に探し出している。アンテナに早代わり。静寂が広がると不満と苛立ちが空気と混じり合い充満してくる。すると音が向こうからやってくる。正体は分からない。それでも恋焦がれた人に出会った時の様に心がトキめく。慌てて行こうとしたら手を捕まれた。何をするんだ! と叫ぼうとしたが止めた。目の前に居るのは己によく似た男。独り言が広がり木霊するだけ。
行ってはいけないよ。優しい口調で言うが手を放そうとはしない。何故? あちらには恐ろしいものがウジャウジャいるからさ。そんなことを信用しろというのか? コトバハトキニハウソヲツク。言葉が天から降りてきた。意味は分からない。だが雨のように降り注ぐ。その言葉は体を包み込む。コトバハトキニハウソヲツク。同じ言葉が天から降って来た。繰り返しながら脳の奥の方に入り込む。するとそれまで温かさを与えてくれた言葉が突然針を出す。驚く。突然の変貌にビックリ! だが既に脳に入ってしまった言葉をそう簡単に追い出すことが出来ない。苛々していると。ほら見たことかという声が響き渡る。何故鏡の世界にまで入ってきてしまったんだ! あれほど止せと言うたのに! もうどうすることも出来やせん。声が消えると手が自由になる。影まで消えてしまう。その瞬間土砂降りの雨が降り注ぐ中に吸い込まれた。
車道を歩いている。暗闇の中を行く。当てなど無く進んでいる。頭の中は真っ白。それでも足が止まらない。前から車のライトが光線のように放される。車が向かってくる。だが足が止まらない。雨が靄となり暗闇を不透明にしてしまっているから勢いが付いてしまったのかもしれない。車には人が歩いているのが見えないらしい。光線が空間を照らす。車を運転している顔がスローモーションになって見えてくる。驚愕する顔は間違いなく叔父。見る見る車に体が吸い込まれて行く。何故その様な出来事が脳の中を走っているのだろうか。自ら作り出しているのか。呆然としていると女が現れた。母親に似ている? 又しても手招き。フワフワと吸い寄せられる。無気力がバネとなって馬力に拍車が掛る。着いていってはいけないと思いながらも体はノーコントロール。フト気になる。女の行方を? 不安は濃厚になるのに足は止まらない。
土砂降りの雨が大音量で響き渡る。家が天から降ってくる。室内では親父の怒鳴り声の余韻が漏れてくる。母親は泣き喚く。気が付くと家の中に入っていた。親父は出刃包丁を振り上げている。母親は止めてくださいよ! と叫ぶが無駄な抵抗。母親が危ない。そう思ったから親父に止めろと怒鳴る。だがもう既に親父には声が届かないらしい。体当たりでぶつかれば阻止できるかもしれない。その言葉は頭の中を過ぎっただけ。金縛りに遭う。喚くが声にならない。だが出刃包丁が母親の体内へ磁石に吸いこまれる様に入っていくと体が反射的に動く。外へと向かっていく。意思など無い。雨の冷たさが伝わらない。恐怖が飛び出る。全ての穴から体中に在るものが吐き出される。次に言葉にならない呻き声が吐き出される。まるで映画を見ているように流れていた。
看護婦の顔が目に飛び込んでくる。心配していたらしい。その横に叔父がいる。凄い汗だな。叔父はタオルで顔を拭いてくれた。肌にタオルが触れると泣き声が自然に零れた。滅茶苦茶に外に飛び散る。恐れが勝手に動くと体が震える。驚いた看護婦はナースコールを押す。医師が慌ててやって来る。ジッと見ていた。そして思い出したんだねと一言云うと頭を撫でられた。その温もりに涙が零れた。悲しいよね。辛いよね。先生が代わって上げられればいいんだが。出来ないのが辛いよ。そう言うと先生の目からも涙が飛んだ。
もしかすると親父が母親を殺したのは本当なのかもしれない。事実が矢の様に飛んで来ては消えていく。