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第19回3000字小説バトル Entry18

夏とスイカとサンがいて

 カーテンを開け、窓を開けた。
 朝の静けさと一緒に初夏の清々しい朝風が、サーっと部屋に吹き込んできた。とても柔らかな風で、僕は思わずパジャマのまま縁側へ出ていた。
 日当たりの良い、小さな庭が気に入って購入した一戸建ての住宅。春に植えた苗がそろそろ実を着ける頃だった。
 サンダルを履いて、スイカの苗を覗いてみた。大きな葉っぱに隠れてゴルフボールほどの小さなスイカが実を付けていた。まだ緑色だが、いっちょ前にスイカの筋がついている。
「へ〜、こんなに小さくても筋があるんだ」
 僕は思わず声を出して、独り言を呟いた。
 僕は着替えを済ませると、また縁側を出て庭の手入れを始めた。少し高くなってきた朝陽が、気持ちの良い感じで僕とこの庭を照らしていた。

「ねー、むぎ茶いれたわよ」
 台所からサンの優しい声がした。
 僕は汗を拭いながら小さな縁側に腰をかけると、もう一度サンの声がした。
「飲むの? 飲まないの? どっち?」
(……飲みたいよ。飲むに決ってるじゃん、なんだよ急にコロッて変わるなよ)
 そう思いながらも声には出せない。なぜなら、僕の奥さんは結構こわいからだ。
 キッチンから薄藍色のお盆に、キンキンに冷えたコップをのせて縁側に現われた。
「あっりがっとサ〜ン!」
「……# ナニ? それってギャグ?」
(……β やはりこわい。少しは可愛くなってみろよ)とやっぱり声に出来る訳が無い。
 縁側に腰掛け、キンキンに冷えたコップに麦茶を注ぐと一気に飲み干す。心地よい冷たさが咽を通り(う〜ん、うまい!)と目を開けたら、サンの普通の顔がそこにあった。(……素の顔に少しびっくり)

 土曜日の朝は、いつもより少しだけ早起きをして、ほのかに初夏の香りが漂う庭の手入れをする事が、この頃の僕の楽しみになっている。庭とは言えないほどの小さなそこには、数種類の野菜と小さな花達が、満員でギュウギュウ詰めになった通勤電車の如く、そこ、ここと無理矢理に植えられている様な状態だ。僕はその可愛らしい野菜達を見つめ、ほくそ笑みながら自爆の呪文を口にした。
「わるいけど煙草、取って!」
「どこにあるの? ないわよ、どこ?」
「その辺にない? スーツのポケットかも……」
(……やばい!)僕は心の中で叫んだ。僕に煙草を欲しがらせたこの気持ちの良い日和を恨んだ。

「何これ? ローズって?」
(駄目だ、やばすぎる。やっぱり入ってたか!! 来るぞ、来る来る!)僕は両手で顔を覆った。
「昨日飲みに行ってたの! このマッチ箱、携帯の番号までかいてあるじゃない! それに下品な文字ね〜。”PUB ROSE”って会社と違う場所じゃない?」
 サンは僕のジャケットのポケットから、煙草と一緒に、パブで貰った女の子の名刺マッチ箱を持ってきた。
「昨日、全然お酒の匂いがしなかった様だけど? どーして?」
 サンが不機嫌な顔を露骨に作ってやって来たので、僕は笑顔を引きつらせながら
「ちょっとだけ加藤と飲んだんだ、あいつ独身だからさ、良く行くらしくって、そんでライターのオイルが切れたから加藤が持っていたマッチをもらったんだよ。ほ、ホント。」
(信用しろ、信用しろ、……)僕は心の中で祈った。
「そう? ちょっとあやしいな〜」
 そう言いながら僕をもう一度睨み付け、なぜか悪戯っぽい目で僕の横顔をもう一度見た後、チビ達を起こしに奥へ行ってしまった。
 ホッとした。久々に疲れを感じた気がした。僕は煙草を一本取り出し、サンからクリスマスプレゼントでもらったZippoで火をつけた。(わっ、やばい。火がつくんだ!)

 僕は煙草の煙りを味わいながら(昔のこともあるから、あいつ恐いな〜)
 フッとそんな事を思い出していた。
 縁側から庭へ目をむけると、小さなアリ達が、不規則な線を描いて草むらの中に流れている。黒く艶やかな光りを僕は無意識にながめながら、ある日の、懐かしい、想い出に、引き込まれて行った……。

「平ちゃん! こっちだ、こっちに来てみ!」
 僕は椚林の中をサンちゃんの声のする方へ走った。
「見てみー蜜がいっぱいや! スズメ蜂もおるぞ!」
「サンちゃん、なんかみつけた!?」
「このハチをどうかせんと、ようわからん。良彦〜、棒をもってこい!」
 僕の後ろにいた良彦へサンちゃんは叫んだ。良彦はすぐ先にある農機具小屋へ行って、竹ぼうきと棒っ切れを取ってきた。
「よっしゃ! それをかせ!」
 サンちゃんは棒っ切れをとって、巨人軍の王選手の様に構えたかと思うと、飛び交うスズメ蜂に狙いを付けて
「ホームランだ!」と勢いよく振った。
 くるりと回った棒っ切れに一匹のスズメ蜂がみごとにヒット! とその瞬間。
「うわ〜!!」
 良彦にそのスズメ蜂が、弾丸の様に飛んできた。良彦と僕はビックリ!
「いて〜! さ、刺された〜!」
 スズメ蜂はサンちゃんに打たれても、最後の力で良彦の左腕にチクリとやったのだ。
「だ、大丈夫かー!」
「いてーっ、いたたたた!」
 良彦の顔は真っ赤になり、目は泣きべそでウルウルしている。僕は良彦の足下に落ちたスズメ蜂を
「このやろ〜!」とおもいっきり踏みつぶした。
 サンちゃんは、良彦の所へ来て
「泣くな! 男だろ、腕をだせ」と言って、蜂に刺された腕のところをギュッとつかみ、口で毒を吸い出した。
「サンちゃんそれで大丈夫かなー?」
「こうやっときゃ大丈夫! あとはションベンかけときゃいい。良彦、おまえはあぶねーけん小屋んとこに行っとけ」
 サンちゃんはそう言って『ニッ!』と笑った。サンちゃんは前歯が虫歯で黒くなっていて、『ニッ!』と笑うと、いつも色グロのちょっと恐い顔がすごく愛嬌のいい可愛い顔になる。僕と良彦はそんなサンちゃんの顔がとても好きだった。
「平ちゃん見て! こっちがわにスイギュウがいる!」
 さっきの椚の木の裏側に赤茶色の大きなノコギリクワガタが2匹黄色い舌を出して蜜をなめていた。さっそくそのノコギリクワガタを捕まえ、他に居ないか二人でよく見たが、アオカナブンとテントウムシしか見当たらなかった。
 僕はその椚をおもいっきり3回蹴った。すると『ボトッ』と何か草むらに落ちる音がした。サンちゃんは音のした所から
「おお! 平ちゃんすげーよ! カサダイがとれた!」
「カサダイ!」
 僕はあの焦茶色の少しいぶし銀な爺様みたいなミヤマクワガタがとても好きだった。
「サンちゃん、それ俺がもらっていい!」
「いいよ、スイギュウはうちと良彦でもらうよ」
 どちらもすごく大きくて、僕らは大満足だった。サンちゃんはさっき良彦が持ってきた竹ぼうきとスイギュウ2匹、僕は棒っ切れとカサダイをもって良彦の所へ自慢げに大股で歩いていった。
 いつのまにかヒグラシの声が、優しい風と共に僕らを包んでいた。
……10才の夏の出来事……

「なによ、ボーッとしちゃって! 昨日いくらつかったの?!」
 サンの声に僕は現在に引き戻された。
「う、うん? そんなにつかってないよ、まだもってるから……」
 僕はまた庭先のアリの流れを目でおって、二本目の煙草に火をつけた。
「おい、スイカができてるの知ってる? ちっちゃなやつだけどな」
「えっ、できてんだー、どこどこどこ?」
 サンはさっきまでの事は忘れたかの様に、子供っぽい瞳で縁側からスイカを探している。
 その姿は二人の子持ちの顔ではなくて、あの時のサンちゃんの可愛い笑顔に戻った気がして、僕は自然に笑顔がこぼれていた。

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