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第19回3000字小説バトル Entry2

77発の銃弾(若く愚かだった頃)

 もし生まれてくる時代を選べたとしたら15年程早く、1950年頃に生まれたかったと時々思う。中学生でビートルズやサイモン&ガーファンクルの出現を、10代の後半までにロック革命、ヒッピーの出現やウッドストックなどを体験し、イーグルスやドゥービーブラザースが登場する時もまだ20代前半。久し振りにジョンのバーへ行き、デニスとそんな話しをしていた。「そしたらキミやスプリングスティーンと同世代だったね」と笑った時、彼がベトナムへ行ったことを思い出したので、付け加えた。「でも、60年代の終わりのアメリカで二十歳前後だったら、幸運とばかりも言ってられないか。」「その通り」とデニスがうなずいた。「大勢行ったんだよね、ベトナムへ。」彼は珍しく、ふと遠くを見る目をした。「そしてその多くが帰って来なかったよ。」
 デニスは僕の最良の友人の一人。15歳年上で、僕が以前働いていた会社で同室だった。ジョンも同じビルで働いていた。穏やかで底抜けにやさしい人だ。礼儀正しく、仕事でどれだけ困難な事態に放り込まれても声を荒げた事がない冷静な男だ。彼にも典型的なアメリカの若者らしい頃があり、ビールやバイク、車、ロック・ミュージックが好きで、女の子を追いかけまわしたとは最初は信じがたかった。
 デニスは子供の頃に両親が離婚。継父とウマが合わず家庭が息苦しかった彼は高校卒業と同時に家を出る。卒業してすぐに、手っ取り早く自立したい若者が時々とる方法を彼も選び、軍隊へ入った。「若くて馬鹿(young and stupid)だったんだ。徴兵されて仕方なく行った若者が多かったのに、僕は志願したんだから。」彼は空軍に入隊。最初の任務が退屈で仕方なかった。そしてベトナム行きを志願する。希望は退けられ、替わりにタイに配属された。「幸運だったね。」と僕。彼は微笑んで続ける。「最初はね。でも結果的にはそうでもなかった。やがて北ベトナムへ出動することになったんだ。」南ベトナム現地に駐留する米軍兵士達は主に南ベトナムでの活動に従事したが、タイから送られた部隊は北部でより危険な作戦を展開した。デニスはフライト・エンジニアとしてヘリコプターに乗り込み、北ベトナムの空を何度となく飛んだ。「危機一髪の時ってあったの?」「何度かあったね。」
 ある時彼は4台の編隊の先頭をきって敵地上空を飛行中、地上からの砲撃を受けた。後ろのヘリに乗っていた友人は撃たれ、幸い一命は取り留めたが腸を何メートルも失った。彼の搭乗機も蜂の巣のようにされた。「自分の体のすぐ横の鉄板に、轟音とともに穴が開けられてゆくんだ。こんな音がしてね」と、バーのカウンターを拳でガガガ、と叩く。「生きた心地がしなかった。映画なんかとは全く違うよ。僕の乗ったヘリはその日77発の銃弾を受けた。」「77発!」「ああ。」ジョンと僕は顔を見合わせた。「志願したのを後悔したろうな」とジョン。デニスは笑ってうなずいた。「もう二度とごめんだね。今は当時より賢いからなあ。」「若くて馬鹿だった、か」と僕。「ああ。」とデニス。
 「もう寝る時間だ」と言ってデニスは9時にバーを出た。彼の青い瞳に、見るべき以上のものを見、耐えられる限界以上を耐えた人間の持つ暗い光はない。若く優しい奥さんの待つアパートへ急ぐ彼は、やがてケンタッキー州の持ち家で過ごす老後を楽しみにしている。
 土曜日にしては客が少なく、静かだ。ジョンが作ったラム&コーラを口に運びながら僕は、まだ若くやせていたデニスが椰子の木陰で血まみれの友人の手を握り締めて途方に暮れている姿を頭に描いた。地上から人類の殺し合いが完全に途絶える事は、おそらくこの先もない。僕とジョンがここでこうして馬鹿話をしていられるのは、デニスと巡り会えた事同様、全くの幸運なんだ。

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