←前 次→

第19回3000字小説バトル Entry3

オヤジのサークル

 メアリーは、一人息子のジョンの様子が朝からいつもと違う事に気づいていた。どこがどうとは指摘できないわずかな変化である。
 ジョンは今年ハイスクールの二年生になった。すでに親が立ち入ることができない悩みを抱えても不思議ではない年頃である。だからメアリーはジョンに、どうしたの、とも聞かないし、必要以上に顔色をうかがうこともしないつもりだった。
 夫のロイが畑仕事に出て行ったあとで、二人の親子は遅い食事をとった。メアリーはいつもどおり、パンを二切れ息子の目の前の皿にのせた。見て見ない振りをする事も大切な事よ。と、メアリーはそう自分に言い聞かせている。
 最近では、この年頃の息子との食事はお互いに寡黙になりがちである。メアリーがたまに何か話し掛けようとすると、ジョンはいつもうるさそうに顔をしかめた。ところが今朝にかぎって、神妙な顔で口を開いたのはジョンのほうである。
「オヤジの事なんだけど……」
「パパがどうかしたの?」
 男の子もこのくらいの年齢になると、母親よりも父親とはさらに距離を開けていようとするらしい。ジョンが父親の事をオヤジと呼ぶようになって、もうずいぶん長い時間が経ったような気がする。それにしても、ジョンはなぜ父親の話など突然始めるのだろう。
「ママは、オヤジが毎晩どこかへ出かけているのを知ってるの?」
 メアリーは思わずうっと喉を鳴らした。もちろん、ロイはメアリーと同じ部屋から出かけていく。夫婦の部屋だから、それを彼女が知らないはずはない。
 実のところ、メアリーはいつか息子の口からその質問を受けなければならない事を覚悟していたのである。ジョンはそんなメアリーの動揺を不審そうに眺めていた。
「昨日もオヤジは真夜中にこっそり家を出た。僕はその後を付けたんだ。するとオヤジは隣のジョージ叔父さんの家へ寄って、すぐに叔父さんと二人で出てきた。彼らは何やら楽しそうに話をしながら、今度は叔父さんのところの馬小屋に入っていったんだ」
「馬小屋に何の用で?」
 メアリーは気持ちの高ぶりを隠すようにして、聞かなくてもいい質問をした。
「馬小屋の一番奥のわらの塊の中に、隠し戸があるんだ。その中から、二人が取り出したものがこれさ」
 言いながら、ジョンは椅子から立ち上がり、キッチンの扉の向こうに立てかけてあった不思議な形をした木製の器具を引きずり出した。まるで、巨大なT型定規のようにも見える。
「どうしたのそれ!」
「今さっき、そこから持ってきたのさ。これ、何の道具だかわかる?」
 メアリーは黙っている。
「これはね、ミステリーサークルを作る器械なんだよ。実は、クラウンさんのところの麦畑を毎晩荒らして、ミステリーサークルを作っていたのは、うちのオヤジととなりのジョージ叔父さんだったんだ。なんて、ことだろう。彼らは僕が後を付けて一部始終を見ているとも知らないで、この器具を巧みに使い、あっという間に十メートルほどのサークルを二つも作り出したよ。まったく驚きさ。マスコミは面白がって、宇宙人の仕業だなんて今だに言いふらしているんだけどね」
 ミステリーサークルの真偽については、すでに二人組みの老人(ダグ・パウワーとデビット・チョーリー)が「自分たちがミステリーサークルを作っていたのだ」という告白をトゥディ紙に発表し、その作成方法までもビデオで明らかにしている。それは実に単純で、板を踏んで、麦を倒していくという方式である。もともと彼らは芸術家でもあるし、麦畑をキャンパスにして自分の芸術を描き続けていたのかもしれない。そこで使用した器具が、今ジョンが手にしているものととてもよく似ていた。
 さらにその告白の次の年、近くの畑で「ミステリーサークル偽造競技大会」(1992)が大々的に開催された。賞金をかけて誰が一番本物そっくりのサークルを作り出すかが争われたのだが、皮肉にもこの時に、本物と同じサークルが誰にでも簡単に作れるという事が、世間一般に証明されてしまったのである。
 なんと、オヤジはこの大会に隣りのジョージ叔父さんと一緒に出場していた。ジョンも応援に行ったのだから、覚えていないはずはない。その時は残念ながら入賞もできなかったのだが、二人はその時の雪辱のためにいまだにサークル作りを繰り返しているのに違いない。
「だいたいね、ミステリーサークルなんて、最初から幼稚ないたずらだという事をここら周りの人はみんな知っているよ。作っているところを目撃しても、黙っているんだからね。宇宙人のせいにしたほうが、ずっと面白いと思っているんだ。世界中からマスコミや見物客がやってきて、地元にもいくらかのお金を落としていく。とくにジャパニーズなんかいいカモだね、毎月テレビのクルーが取材に来ているもの」
「それならば、パパを責める事はないじゃないの。そっとしておいてあげたら?」
「なに馬鹿を言っているんだ、ママ」
 ジョンは顔色を変えた。興奮してつい声が大きくなった。
「いいかい、畑あらしは犯罪なんだぞ。いくらいたずらとはいえ、よその畑なんだ」
 幼い正義感だった。しかし、怒気を含んだ息子の態度を、かえってメアリーは頼もしく見つめている。
 ジョンはさらに声を荒げた。
「それに、すでにいたずらだとばれているサークルを作り続ける意味なんかないだろ。そんなガキの遊びみたいなことしているのが僕の親父かと思うと、情けなくってやってられないよ」
「あら、ミステリーサークルを作るのがガキの遊びだって言うの」
 メアリーがふと口を挟んだ。
 ジョンは黙ったまま、怪訝そうにメアリーの顔を覗き込んだ。なんだか不思議な感じがしている。さっきのメアリーの表情に、別の母親を見たような気がしたのだ。
 だが、メアリーの目は相変わらず優しく微笑んでいた。
「とにかく、パパのことをこれ以上悪く言うのはやめなさい。パパはあなたのことを愛しているのよ」
「僕だって愛しているよ、でも、これとそれは別の話だ。オヤジのやっていることは大人として尊敬できないんだよ」
 メアリーはため息をついた。
「さ、もう時間だわ。早く食事を済ませて、学校へ行きなさい。パパには私から言っておくから、その器械を元のところに戻して……」
 ジョンは何かまだいい足りなそうに、少しだけ頬を膨らませている。だが、その後は急いでパンを平らげ、すぐに食卓を立った。
 メアリーは息子の姿を目で追いながら、それがパパの使命なのよ、ジョン、と心の中で呟いていた。
 パパを誇りに思ってほしい。将来、パパたちの仕事を継ぐのは、あなたなのだから……。

 そろそろジョンも、地球での任務と母船への連絡方法を知らなければいけない年頃のようである。

←前 次→

QBOOKS