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第19回3000字小説バトル Entry4

宝の地図

 初任給で父と母に旅行をプレゼントした。田舎の万屋を営む二人には、休みがなく、客が来ればどんな時でも物を売った。初の休みと僕の初の給料からの贈り物のために、二人はとても喜んでいた。しかし、帰りのバスが事故に合い、二人は二度と帰らなかった。葬儀の後、僕は会社を辞めた。田舎の万屋を継ぐことにしたのだ。あんなに苦労して獲た内定に、不思議と未練はなかった。


 数年後、僕は幼馴染みの理子と結婚した。理子は隣の市の短大を卒業、都会へ就職、数年で辞めて帰郷していた。年寄りと子供ばかりの村で、僕らが恋に落ちることは簡単なことであった。


 ある日、理子は店からノートをもらいそれに何かを書き込んでいた。
「何書いてるの?」
理子は驚いてから、幸生か、と微笑んだ。
「ないしょ」
ノートを閉じながら、理子は言う。
「じゃ、いいよ」
興味のない振りをすると、自分からノートを広げた。
「宝の地図なの」
そのノートには、さまざまな図形や、数字が並んでいた。
「なにこれ?」
「暗号地図よ」
もうおわり、と言い、理子はノートを閉じた。
「宝って何?」
「大事なもの」
「俺より大事?」
「うん」
「こらっ」
理子を持ち上げてぐるぐる回った。理子が声をあげて笑う。僕は、結果的には楽しい人生をすごしていると思っていた。両親を失った悲しみに耐えられるようになったのは、理子のおかげである。

 店に、村の駐在員、山下がやってきた。
「実は、面倒な事件が起きたんですよ」
山下は店先の椅子に腰をかけ、苦々しく笑った。
「幸生さんの山の裏のバス停に、生まれたばかりの赤ちゃんが捨てられていたんですよ」
「へえ、昔はよくあったけど、最近はなかったねぇ」
「動物に食い散らされて、もう胴体しか残ってないんです。こうなると調査が難しくて」
「隣のI市のやつさ。犬でも猫でもすぐ捨てる。田舎だと思ってを何やってもいいと思って」
理子の茶を一口飲んで、山下は話を続けた。
「それでですね、見つけたのが小学生の男の子なんですよ。バス停の近くに猫がたくさんいるので、不思議に思っていたら、猫が集まって肉を食べていたんですって。しかし、手みたいなものが落ちていて、これは大変と携帯電話でお母さんをを呼び、見にきたお母さんが通報されたのです」
「今は小学生でも携帯を持っているからね」
「いえ、電波があるほうが不思議ですって。発見がもう少し遅れたら、跡形も無くなっていましたよ」
「完全犯罪だな」
「どの道、あんなにぼろぼろだと、何がなんだかわかりませんよ」
山下は茶を飲み干し、真面目な顔で訊ねた。
「ところで、最近不信人物を見ませんでしたか?」
「う〜ん。旅行者も来るし、なんともいえないな」
「生理用品を大量に買う女とか来ませんでしたか?」
わからないので理子を呼んだ。山下は同じ質問を繰り返した。理子は眉をしかめ、来ませんねぇ、と言った。
「そうですか。後、2、3軒から訊いて、何も無かったらこの事件は終わりになると思います。ご協力、感謝致します」
 山下は、死体遺棄事件の調査にもかかわらず、爽やかに自転車で去った。
「犬や猫って気持ち悪い」
理子の独り言が聞こえた。

 夜、理子はこっそりと家を抜け出し、三十分ほどして戻ってきた。僕は寝た振りをしていた。理子はたまにそうやって家を抜け出し、タバコをふかしていた。
 しかし、それから毎日、彼女は深夜に家から抜け出した。僕は理子にその理由が訊けなかった。朝の理子はいつもとまったく変わらなかったのである。

 しばらく経って、山下がやってきた。
「実は、山狩りをすることになります」
「ええ!」
 山下の話はこうだった。他県で、生まれて間もない赤ん坊が誘拐された。被害届けが出ていたので、バス停の死体を調べたところ、血液型が一致。そして、DNA鑑定により誘拐された赤ん坊に間違いないとの結果になった。
「そういうわけで、明日は山狩りをすることになりました」
「そんな大事になるなんてねぇ」
「本部も明日は来るんですよ」
「土地感の見せどころですね」
「勘弁してくださいって」
山下が笑い、僕も笑った。理子は静かに微笑んだ。


 また理子が消えた。家の周りには、タバコのにおいも理子の影もなかった。夜明け前に見つけなくては。今日は山狩りなのだ。
 シャッターを下ろしたまま店の明かりをつけた。理子はいない。店内を見回すし、学童ノートが目に止まる。
「これ……」
あの日、理子が閉じたノートを思い出す。ノートは電話台の下のスペースに、あった。「宝の地図」はよく見ると単純な暗号でできていた。四角は人家、丸はバス停、三角は炭焼き小屋や山小屋。無秩序に並ぶ数字の中に、ただ一文字だけの数字がある。「9」これは、山にたった一本しかないクルミの木だ。僕は走った。

 理子はクルミの木の下で、泥まみれで何かを抱いていた。
「理子!」
足ががくがくする。全力疾走したからではない。
「あれ? 見つかっちゃった」
理子はケラケラと笑った。帰ろう、そう言おうとして手を伸ばしたが、理子は手を払った。
「この子に触らないで」
「この子?」
「理恵よ」
理子は白い塊を抱きしめた。山下の話を思い出した。今更吐き気がする。
「あの子も、お前がやったのか?」
頭がぐらぐらする。
「ううん」
「じゃあ、それは?」
「私と恵一の子、理恵よ

 恵一は前の彼氏なの。別れるとき、妊娠のことを言わなかった。だって、絶対に堕ろせって言うもの。誰にもばれないよう、お腹が目立たないうちに会社を辞めたわ。」
暗闇の中で、理子の抱く骨と、よく動く彼女の歯と何も写っていない目だけがきらきらと光っていた。

「誰にも触らせたくなかったから、バスルームで一人で産んだ。でも、理恵は鳴かなかったの。

怖くなって、この山に捨てようとした。でも思い直して迎えに行ったら、理恵が野犬に囲まれていた。夢中で追い払ったわ。犬がいなくなって理恵を抱きしめると、理恵が涙をを流していた。赤い涙を。目玉なんか落ちくぼんでいたわ。口も空きっぱなしで、顔を真っ赤にして泣いていたの。どんなにあやしても泣きやまなかった。だから、おもちゃを与えれば泣きやむかと思った。それでこの木を思い出したの。ここだったら実もなるし人も来るわ。

 おまわりさんの話を聞いてから、ずっと嫌な予感がしていて、それが当たった。山狩りなんかして理恵が見つかったらもう会えなくなる。理恵と逃げる。理恵は、恵一から最後にもらったの」


 理子は上目使いで僕を見た。
「ねえ、まだ『ケーイチ』が好きなの?」
涙でかすむ目で理子を見た。
「幸生、愛してる」
「まだ好きなのかと訊いているんだ」
声を荒げる。
「ごめん、さよなら」
理子はさびしげな顔をしていた。
何度も意味の無い言葉を叫んだ。    


 僕はかわいい奥さんに逃げられた万屋の主人として、今日も消しゴムや干物を売っている。事件は、手がかりが見つからず、迷宮入りしそうと言うこと。

 あれから、何度かくるみの木の下へ行った。最初の数回は本当に気分が悪くなった。そのうち、理子を思い出し涙が流れるようになった。



 君にひとつだけ嫌味を言う。
「僕は男だから、子供が産めないよ」
 両親を失った僕にも、君の悲しみだけは理解できない。好きな人の子供を産んで喜びを知ることも、悲しみを知ることも、幸せを感じることも僕にはどうしてもできない。宝の地図を持つ君をただうらやましく思うだけ。

でも、僕にも抱きしめたいものはあったんだ。

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