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第19回3000字小説バトル Entry6

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「どこで何してんのよ。約束したじゃない!」
「うっせーなぁ。じゃあさ、お前もこいよ、競馬場。絶対当たるから、俺に任せろよ。なっ?だから金持って…」
亮子は携帯を切ると、ベッドに放り投げた。そこへ、亮子の母が部屋へ入ってきた。
「おや?出かけたんじゃなかったの?こんな天気のいい日に、もったいないねえ」
亮子は、唇を尖らせてハンガーからブルゾンをはぎとると、足早に階段を駆け下りていった。

川沿いの道を歩いていると、手前に見える公園に、人だかりができていた。
前から近づいてきた女性が笑みを浮かべて、チラシを亮子に手渡した。
そこには、今公園で行われている、フリーマーケットの告知が記されていた。
亮子は、立ち寄ることにしてみた。衣服を始め、アクセサリーや子供の玩具など、
ありとあらゆるものが商品として各シートに座る売り子たちの前に、所狭しと広げられている。
亮子は、見ているだけで楽しい気分になっていた。
そんな中、初老の婦人が静かに座っている場所に出くわした。
かなりの読書好きなのであろう、多くの小説が並べられていた。小説くらいなら買ってもいいか、
と亮子は思った。綺麗に陳列された背表紙から、ふと視線を上げると、老婦人の足元に一冊、
黒く光る表紙に鮮明な紅いリボンが十字に掛けられている本が目に入った。
亮子は、老婦人に声を掛けた。
「おばあちゃん、その本も売り物?」
「ああ、これかい。これはね、誰にでも薦められるもんじゃない。娘さん、恐い話はお好きかい?
これは、本当に恐ろしいものさ。お金を払ってまで、恐い体験をしたいっていうのなら、譲ってもいいがね」
「ふーん。そこまでいうなら、読んでみるわ。いくらかしら?」
「娘さんが、恐い体験の代償に払ってもいいって金額を出してくれりゃ、いくらでも構わんよ」
「おばあちゃん、商売上手ね、でもフリマだもん、300円でどお?」
「はいはい、では」老婦人は、その漆黒の文庫本を紙袋に入れると、亮子に手渡した。
早速、部屋に戻ってリボンをほどき、本を開いてみると、中味は全てどのページも真っ黒なだけで、
文字なんてひとつも見あたらなかった。透かしたり、こすったりもしてみたが、なんの変化もなかった。
やられたと思いながらも、しばらく指先で頁をぱらぱらとめくっていると、一瞬何かが見えた気がした。
もう一度、反対側から繰り返してみた。すると、まるでパラパラマンガのように、ぼんやりと何かが浮かび上がってきた。
「なんだろ?」凝視していると、急に人間の目蓋のようなものがひとつ浮かび上がったかと思うと、
カッと見開いて亮子を睨み付けた。亮子は、思わずその本を投げ出してしまった。

翌日、亮子は友人達と学食で話をしていた。亮子の横に座っていた雅美が話し始めた。
「昨日ね、彼氏と行ったのよ、あの映画。原作がすっごい好きだったから、もう期待して。
そしたらさ、違うのよね。なんか」「もう観たの?」「あたしも観たーい、あれ」
亮子が口を開いた。「小説を読んで自分の頭で創造するイメージは、自分にとって一番合うものを
選んでるからいいのであって、映画みたいに誰かの想像をヴィジュアル化したものだと、
それと自分のイメージが合わなかったら、つまらないのよ」
雅美が続けた。「亮子も行ったんじゃないの?」
「それがさ、ドタキャン食らっちゃって。で、近くの公園のフリマでさ、変な本買ったの」
亮子は、老婦人とのやりとりを話した。
「面白そうじゃん、それ。じゃあ、あたしが亮子から、その本を5000円で買うよ。で後で、
もう一度そのお金で買い戻してよ、ね。いいでしょ。だからさ、明日持ってきてよ、その本」
次の日、亮子はお金と引き替えに雅美にその本を手渡した。その夜、雅美は部屋で亮子の言ったように、
ぱらぱらと本のページをめくってみたが、何も起こらなかった。「そんなわけ、ないじゃん」
その時、玄関のチャイムが鳴った。雅美は、思わず息を飲んだ。チャイムは、2回3回と、鳴り続けた。
続いて、ドアノブがガチャガチャと回り始めた。雅美は恐怖に震えた。

次の日、雅美は大学に姿を現さなかった。亮子はとても心配していた。
携帯に連絡を入れてみたが、あいにく留守電だった。その夜、亮子が部屋でベッドに寝そべっていると、
携帯が鳴り出した。雅美からだった。
「ごめんね。昨日の夜中、急にタカシのヤツが酔っ払って来てさ、それで朝起きれなくて。バイトもあったし。
で、あの本だけどさ、やっぱ、なんもないよ。だから、明日返すね、うん、じゃあ」
亮子は、雅美の声を聞いて安心した。雅美は、バイトの帰り道、コンビニで買い物を済ませて、
自分のマンションへと歩いていた。すると、前から無灯火の自転車が走ってきた。雅美の横を
通り過ぎたかと思うと、後ろでブレーキの音がした。チェーンのノイズがだんだん近づいてくる。
雅美が、後ろを振り返ろうとしたその時、また横をすり抜けて行った。
「痛っ!」雅美は、自分の肩の辺りに鋭い痛みを感じた。反射的に、反対の手で押さえた指の間から、
じんじんと痛みを伴って、熱い鮮血がにじみ出てきた。思わず、その場に座り込んだ雅美に、その自転車は
もう一度、前から走ってきた。彼女が悲鳴を上げたとき、横道から車がライトを照らした。
自転車は、その光から逃げるように、闇へと姿を消した。路上に倒れる雅美の姿を見たその運転手は、
慌てて車から降りてきた。

連絡を受けた亮子は、病院へと急いだ。雅美は、病室のベッドで震えていた。
「これって、あの本のせいなの?恐いよ、どうしよう。ねぇ、亮子」
雅美は、かばんを開けると「今すぐ持って帰って、あの本」と、マンションの鍵を手渡した。
亮子は雅美の部屋からあの本を持ち出し、テーブルの上にお金を置いてまた、病室に鍵を返しに行くと、
雅美は眠っていた。亮子は、病院から原付を飛ばして、近くの海岸まで走った。
堤防の先端まで行き、本を海に投げ捨てようとしたが、なぜかできずに結局、また家に持って帰った。
部屋で眠れずにぼーっとしていると、携帯が鳴った。
「近くまで来てんだけど、会えない?」彼の声は、近くのファミレスの名を告げた。
亮子は嬉しかった。足早に出かけると、彼は会うなり「ごめん、悪いけどさ、ちょっと金貸してくんない?」
「えぇ?またぁ?こないだも貸してあげたじゃない!」
「だから悪いけど、っていってんじゃんかよ。まぁ聞けよ、今日のレースでさ」
「もう貸せるようなお金、ないわよ」
舌打ちをして、タバコを取ろうとした彼は、亮子の本に気づいた。
「なんだよ。それ」「え?」「その本だよ。真っ黒の。リボンなんか掛けて」
「あ、これ?危険なの。捨てようと思って」
「捨てる?とてもそんな風には、見えねえけどな」と、亮子からその本を奪った。
「ちょっと何すんのよ、返して」
「おれが捨ててきてやるよ」「いいわよ」
「おれをだまそうったって、そうはいかねえ。おれは、そんなにばかじゃねえんだ」
「やめて、返してよ」
「よっぽど、大事みたいじゃねえか。こいつは、おれが預かっとくから。こないだ借りた分、返してやるよ。ほら」
彼は、ポケットから壱万円札を一枚取り出すと、亮子に投げつけた。
「この本を返して欲しかったら、それ以上の金、持ってこいよ。そしたら、考えてやるよ」
そう言い終わらないうちに彼は、店を出ていった。
亮子は、席で大きなため息をつくと、なぜか笑いがこみあげてきた。

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