第19回3000字小説バトル Entry7
アホ山学院大学の水中透(みずなかとおる)教授(43)は海洋動物の研究のかたわら、人間が水の中で暮らせるか実験調査してきた。海洋動物の呼吸の仕組みを解明した結果、既存の酸素ボンベの性能を飛躍的に改良することに成功したのが1年前。以来教授は家族と共に自宅のプールの中で生活してきたことが最近明らかになった。本誌は自ら進んで実験材料となった水中教授との接触に成功し、インタビューを行なった。
Q:どんな動機で水の中の生活をはじめたのですか。
水中:私は以前から水の中にいると非常に落ち着くのです。小さい頃から海が大好きでしたし、学生時代もずっと水泳部でした。それがこうじてか、海に関する勉強をはじめまして、その魅力にずっと取りつかれていました。そして、私の研究室でだれかが水の中で生活できるか実験しようという話になったとき、じゃあ私がやろうとすぐに思いました。でも皆は冗談で言っていたらしく、実際私たち家族がそれをはじめたときはずいぶん心配していたようです。
Q:水の中の生活をはじめるにあたって、ご家族は反対されなかったんですか。
水中:全くありませんでした。うちには子供が二人いて、上が中1の男の子、下が小4の女の子なんですが、二人とも私に似て水泳が好きなものですから、話をした時ははしゃいでいましたね。子供たちは学校があるので、朝起きると水からあがって着替えています。これは水陸両用生活の実験を兼ねることになりますので、私としても非常に都合が良かったです。妻も意外なことに全然反対しませんでした。でも、ずっと水着でいるのかと心配そうに訊いてきましたので、水の中は案外寒いからセーターでも着ていないとだめなんだと答えると安心していました。
Q:実際の暮らしぶりを教えてください。
水中:ずっと水の中に潜っていますので、酸素ボンベを背負って生活しています。これでだいたい2週間は持ちますね。期限が近づくと助手が交換用のを4人分持ってきてくれます。食事は…妻が水の中じゃ火が使えないと文句を言うのですが、それはあきらめてもらっています。代わりに防水電子レンジを研究室で作らせたので、それで料理をさせています。しかし最初の頃、レトルトカレーを食べようとしたことがあったのですが、プール内に広がって大変でした。水がきれいになるまでしばらくかかってしまいました。
また、子供たちが、ポテトチップスを食べる時湿っておいしくないというので、陸にいるときにでも食べろと私は言っておきました。ところが、学校の授業中に長男がそれを食べていたようで、担任の先生から苦情の電話がありました。それでも私はプールの中の水中電話を使うものですから、向こうに「ブクブク」と水の音が聞こえてしまったようです。次の日息子は先生に「お父さんお風呂で電話してたの?」と訊かれたそうです。冷や汗が出ました。(水の冷たさを感じたのかもしれません)。
Q:では、水の中からあがることは全くないのですか。
水中:今までで一回だけありました。好物のあじのフライを食べ過ぎて、下痢になってしまったときに、仕方がないので一晩だけプール脇のベンチで眠りました。(また例のカレーみたいになってしまうと大変ですからね…あ、これは入れないで下さい)。私はその時しか陸にあがっていません。妻は買い物がありますので、2日に一遍くらいは水から出ています。子供たちは、さっきも言いましたけど、学校の日はちゃんと水から上がって学校に行っています。
Q:水の中で生活していて良かったことはありますか。
水中:そうですね、雨に濡れないことでしょうか……。今のは冗談ですけど、水中で暮らし始めて、私たち家族は一度も病気をしていません。(強いて病気と言えるのは例の私の下痢くらいなものです)。昔から、水泳は全身の筋肉をくまなく使う、最も良い運動であると言われてますけれど、確かに子供たちもずいぶん体力がついてたくましくなったと思います。あと、ふろに入らなくていいので嬉しいですね。プールには自然に反する塩素系の薬品は少しも入れてませんし、常に水を少しずつ交換していますから体を洗う必要は全くありません。あと、この一年間大学で一度も授業をしなくてよかったので、それも嬉しかったです。
Q:何もない水の中にいると退屈しませんか。
水中:退屈したことはほとんどありません。水の中で毎晩、助手に作らせた防水パソコンでインターネットをしています。私が「これこそまさにネットサーフィンだ」と喜んでいましたところ、妻に「ネットダイビングよ」と言われてしまいました。とにかく毎日そんな具合でして、テレビを見たり、研究室で決めた実験をしてから例のパソコンで論文を作ったりと、なかなか充実した毎日です。
そういえば、防水パソコンは今後どこでもパソコンを使う必要のある人にとって必需品になると思われます。例えば風呂なんかでノートパソコンを使えたら便利ですからね。それで我が研究室では防水パソコンの特許を申請中です。(認可が下りたらおたくで宣伝お願いできませんか?)。
Q:プールには魚を飼っていると聞きましたが。
水中:はい。今飼っているのは、鯉、金魚、メダカ、イワナ、ヤマメなどの淡水魚です。しかもわりと小さな魚ばかり飼っています。私は研究上ピラニアやブラックバスなどを飼いたかったのですが、家族が反対したのであきらめました。また、ナマズやウナギを飼おうかと思ったのですが、妻の猛反対によって頓挫しました。いつも子供たちは魚にくっついて泳いでいますし、私も魚を追いかけて素手で捕まえたりしますから、魚も案外私たちの生活に楽しみを与えてくれています。でも本来は、生態研究のために魚たちと一緒に暮らしているんですけどね。
Q:いままで他に何か困ったことはありませんでしたか。
水中:私の両親も妻の両親もひどく心配しましてね(当たり前ですけど)、早く普通の生活に戻れと言ってきました。説得するのはかなり大変でした。
そういえば、寒波が来た1月の下旬にプールに氷が張ったんですが、この氷がとても厚くて、とけるまでの一週間ぐらい子供たちは学校に行けませんでした。私たちは皆特殊な服を着ていますから、寒さなどは平気なのですが、さすがにこの時はどこにも行けず、魚たちと一緒にプールの底でじっとしていました。
プロフィール
水中透(みずなかとおる)
1957年生まれ。福岡県北九州市出身。1980年頭狂(とうきょう)大学理工学部卒業。同年、国立海洋研究所に入所。1990年、研究成果を認められ、アホ山学院大学で教鞭を取るようになる。1998年、同大学教授に就任。