←前 次→

第20回3000字小説バトル Entry4

No.22

途方に暮れるというが、意識はある。意識はあるのに、途方に暮れている自分が彼是数時間いる。足元には一箱分以上の煙草の吸い殻が無造作に捨てられている。とりわけ自分が好きな場所でも無く、黄昏るのに最適な場所というわけでもない。今朝女と逢う約束で待ち合わせた某駅の出口だ。数十分後れて女は現れたが、改札の向こう側から姿が見え掛けたその時から、今日は雰囲気が違うとそう感じた。案の定、改札から出てきた女は俺に黄色い小さな封筒を「読んで」と一言言ってからと手渡して、颯爽と出てきた改札をまた通り数分の内に俺の前から姿を消した。俺は挨拶も出来ずじまいのまま、左手に吸い掛けの煙草、右手に手渡された手紙を持って呆然と立ち尽くした。時間の流れが止まったかのようでもあった、朝ということもあり人が込み入っていて、改札には人の出入りが止まることなく続いていた。俺は人の流れのど真ん中に立ち尽くし、改札の流れと女の姿が最後の最後まで見えなくなるまで我を失っていた。

気がつけば、煙草がフィルターまで焼き付け熱が指に伝わってきた、その時、熱いと手から煙草を手放したときに自分は我に返った。右手には手紙が残されており、手紙のことも数分の間は忘れていた。煙草を取り出そうとポケットに右手を突っ込んだ時に手紙の感触を思い出したのだ。人の流れの真ん中で、手紙を持っている俺がいる。小さな駅だけど、そんな自分の姿を客観的に見ることができて、何故か苦しくなった。そして後ろを振り返り、目に付いたベンチに腰を降ろして封筒の封を切った。

「ごめんなさい。きっと口では言えないので手紙にします。面と向かって言えばきっと私は泣いてしまうから、涙をあなたの前で見せたくないので、手紙という形にしました。あなたにはあなたの言い分がきっとあると思います。話をすれば拗れて、討論になり、喧嘩して、結局別れてしまうでしょう。最後の最後に喧嘩して終えたくないから、手紙ということで許してください。

単刀直入に言わせてもらうと、あなたとはもうこれ以上一緒に居る余裕が私にはありません。あなたの顔も、声も、頬の黒子も、耳の形も、冷たい手も、大きな足も、少し曲がった背筋も、全部好きです。これから全てを失うと思うと涙が出て止まりません。でも、離れることを決意したのです。あなたに縋っていては私はもうこれ以上前進出来ないと知りました。付き合ってからの二年間、私が得たものは、あなたという以外何もありません。勉強も出来ず、資格も取れず終いで、私本来の夢とというものはあなたという存在の為にずっとずっと遠くに行ってしまいました。あなたのせいということではありません。両立出来ない自分がいけないのです。これからあなたと一緒にいれば、きっと全てあなたの所為にしてしまうでしょう。私はそんな醜い女です。だから、あなたとはもう一緒にいれません。好きという気持ちでは一緒に生活出来ないということに気が付かなかった私がいけないのです。

あなたのことは忘れます。あなたに関わっている全て物を家から排除しました。写真も手紙もプレゼントも電話番号も何もかも捨てました。私はこれから新しい人生を送ります。新しい人を探そうというわけではありません。人生は孤独なのです。例えあなたとずっと生活することが出来たとしても、あなたが死んだら、私に残る物は無いのです。だから、自分自身で生き甲斐という物を見つけたいと思います。

今までのことはありがとう。そして私のことも忘れてください。さようなら。彩」

という内容だった。どうしてか、ぐうの音も出ないほど全ての文章に納得した。電話を掛けようともしなかったし、彩を追いかけようとも思わなかった。手紙を読み終えた時に財布から彼女から貰った名刺を手紙と共にごみ箱へ放り投げ、そして席を立った。放心状態にはなるまいと、すぐさま煙草に火を点け、駅の出口で煙草を吸った。

壁に寄りかかりながらずっと人の流れ、車の流れ、雲の流れを眺めていた。灰を落とすの忘れるほど、瞬きするのを忘れるほど、放心状態だった。放心状態になるまいと吸った煙草など全然役に立たなかった。目に映える物全ては後頭部から抜けていき、思い出の欠片にもなりやしないほど記憶は無く、ただ見ているだけという行為がそこにはあった。ただ見ているだけという行為などそうそう出来ることでは無いはず。放心状態とはまさにこのことだったと俺は思う。

煙草を無造作に吸いまくる自分がいた。肺が重くなっていくのを感じていても、止めようとは思わなかった。恐らく、このままガンにでもなって死んでしまえばいい等と思っていたのだと思う。煙草の本数は増すばかりで、煙草のせいで目まで充血するほどで、目眩も時折訪れたりした。たかが女に振られただけなのになんで弱気になってんだよと、自分で会話をしてみるが言葉は返ってこない。もう一人の自分は途方に暮れているから返事をする余裕などないからだ。俺は冷静に自分を見つめ返してみるけれど、その場所から動こうとする自分はどこにもいず、ただただ太陽の位置だけが時計の時針のように位置を少しずつずらしている様子をずっと目で追っていた。

涙や溜め息などは微塵も出なかった。むしろ、彼女を失ってよかったのかもしれないなどと考えてもみた。手紙の内容が何度も何度も頭の中を往復して止まなかった。そして、その内容事体、俺自身も感じていることだった。俺には夢があるはずだった。でも、彼女と付き合ってから上手くいかなくなった。いつもその夢を彼女に聞かせ、そしてうんうんと肯く彼女の姿を見て夢を叶えた気分になっていたのかもしれない。そして、そんな話をしていた自分は紛れも無く何も出来ずにいた自分だった。絵描きになりたいと、物心付いた頃から夢見だし、有名ではないが無名の賞にもたまに入賞したりしていた。毎日毎日、時間の有り余る限り絵を書き殴り、失敗すれば成功し、成功すれば失敗の繰り返しだった。でも、希に自分でも吃驚するほどの絵が描けた時、自分は間違っていなかったと思えることができるのだった。しかし、彼女と出会ってからまともな絵が描けた試しはない。むしろ、絵に携わる時間は昔に比べてずっと減った。俺は彼女にせいにしたくなかった。俺はこんな程度なのだろう。きっと世にでるような人間ではないんだと、そう思っていた。だから、彼女の存在が全てでもあった。絵は二の次で、彼女が一番だった。しかし、彼女は違った。彼女は自分の夢を優先して、俺から離れて行った。思い切った行動だと俺は思った。今俺が彼女を追いかけたところで、彼女の心はきっと変わらない。もう、俺なんかでは変わらないのだと、俺にはわかっていた。だから、追いかけなかったし、電話もかけなかった。自分の駄目さには気付いていたし、頼りないことくらい昔からわかっていた。それでも、彼女は付いてきてくれていた。弱い男の唯一の支えだった。今はそれが無い。だから俺は壁に寄りかかることしか出来なくなっていた。

もう夕方になり、時間を忘れるほどその場所に佇んでいた。最後の一本の煙草を吸い終えた時、手紙も捨てて帰宅する人達の流れの中に足を踏み入れた。

←前 次→

QBOOKS