←前 次→

第20回3000字小説バトル Entry5

声

 ああ、俺の話がききたいというのは、あんたかい。もう少し、大きな声で話してくれ。こっちの耳も、そろそろがたが来てるんだ。こんな遠いところまでよく来たな。まあ、あんた達には距離なんか関係ないんだな。知ってるよ。インターネットで今話している会話や写真なんかを今すぐ全部送るんだろ。まったく便利な世の中になったよな。そうそう、俺の話だったな。悪いな、最近考えが散漫になりがちなんだ。

 そうだな、十年ほど昔のことだ。俺は町に買い物に行った。町はいつもとあまり変わらない感じだった。子供が道端で犬を追いかけて遊んでいたよ。俺は犬が大嫌いだからよく覚えているよ。茶色い毛の犬だった。俺は買い物をしていたよ。まず、食料を買った。次に、次に、何を買おうとしていたんだろう。あの日のことは忘れるはずないのに、こうやってだんだん忘れていくのだな。いや、年なんか関係ないよ。あれはもう、魂に刻みつけられているのさ。忘れるということは、俺の死がだんだん近づいて来たということさ。ああ、天気が良かったことは良く覚えているよ。あんなに綺麗な青空は、俺の人生の中でもそう多くはない。そんな穏やかな日だったよ。いきなりの爆音で目の前が真っ赤になった。何かが飛んで俺の顔に張り付いた。それはどろりとした小さな肉片だったよ。男か女かわからないが悲鳴が聞こえた。俺は顔を触り、手を見た。俺以外の血で手は赤くなっていた。今度は俺が悲鳴をあげたよ。何度も何度もあげたよ。俺はその場にしゃがみこんだ。何度も何度も声をあげた。俺に気がついた警官は、ハンカチを貸してくれたよ。顔をふいた。警官は、叫びつづける俺に怪我が無いことを確かめると、とりあえず非難させようとした。俺は拒んだ。離れてはいけないような気がした。しかし、警官にがっちりとつかまれ、俺は叫びながら引きずられていった。そう、あんた達みたいなやつらにカメラを向けられたね。俺は最高に滑稽だったよ。死んだやつらの中に知り合いもいないのに、俺は叫びつづけていたんだ。家族が迎えにくるまで俺は叫んでいたよ。警官は狂人扱いさ。家族の顔を見て俺は倒れたらしい。ここから記憶がないんだ。 でも、本当の地獄はここからだったんだ。もし、死んだやつらの中に知り合いがいたら俺は悲しみにくれながらも、いつかは傷が癒され、人生を歩めただろう。でも、あの中には知り合いがいなかった。わかるか? 死んだのは知らないやつばかりだったんだ。俺が死んでもおかしくなかったんだ。俺の血や肉がバラバラにあたりに飛び散って、誰かに降りかかってもおかしくなかったんだ。
 俺は、あの日の自分の悲鳴が耳から離れないんだ。あの時叫んでいた知らないやつらの声ではなく、俺の悲鳴が耳から離れないんだ。死んだやつらは悲鳴をあげることもできないんだ。俺は自分の声で本当に気が狂いそうになった。だから、片方の耳を切り落とした。少しだけマシな気分になったよ。そして、俺はもう少しで死ぬ。やっと俺は楽になれるんだ。あの日の自分の声をもう聞かなくて済むんだ。あの日の俺は、叫ぶことによって自分の生を確かめていたんだ。俺は生きている、あいつらは死んでいる。俺は最低の人間さ。もう片方の耳だって、切ろうと思えばいつでもやれた。でも、家族のために俺は我慢した。できることなら、俺もあいつらのところに行きたかった。でも、俺の信仰が許してくれなかった。俺は十年も生き地獄を味わった。やっと楽になれるんだ。

 え、死ぬのが怖くないかって? 
 あんた、頭がいいのにバカだな。俺の話を何もきいていないのだな。いや、この感覚は俺にしかわからないのだろう。あんたみたいな傍観者にはわからないのだろう。おっと、そういう俺も傍観したことでずっと苦しんできた。今でも苦しい。あんた達はいいな。手にした機械で、いつでも誰とでも感情を分け合える。あの日の俺は一人ぼっちだった。ただ一人生き残ったようなもんだ。本当、俺も一緒に逝けばよかった。あと数メートル先にいれば俺も一緒に吹っ飛んだのに。どうして神はこんなに小さな俺を苦しめるのだろう。なあ、あんた、頭がいいんだろう。そんな文明の利器をたくさん使いこなして、立派なジャーナリストとして活躍してるんだろう。俺なんかの数倍、いや数百倍も知識をもっているんだろう。だったら教えてくれよ。なんで俺は自分の生にこんなに悩まなければならないんだ? あの日、俺はちょっと離れた場所にいただけだ。なんで生きているのに、孤独感に襲われるんだ? あの日の俺の悲鳴しか俺の耳には聞こえないんだ。なんで、俺は病気になるまで待たなければ死ぬことすら出来ないんだ? 俺は十年も眠れない日々を過ごしたんだぞ。なあ、教えてくれよ。

 なんで黙ってるんだ。ああ、あんたにも答えられないことがあるんだな。違う。すまない。あんたじゃなくても、俺の質問には答えられないだろう。もう少ししたら、俺は全てを教えてもらえるんだ。その日がすごく楽しみなんだ。家族に会えなくなるのはさみしいが、いつかはまた会うんだ。

 俺は思うんだが、あんたの仕事は真実を伝えることじゃなくて、俺のような頭のおかしいやつを少しでも減らすことなんじゃないか。真実って言うのは、教えることじゃなくて、体で感じることなんだ。だから、真実を伝えるということは相手に体験させない限り、無理なことだと俺は思う。でも、俺の体験を伝えて、俺みたいなやつを減らすことは絶対に無理なことじゃないんだ。


 悪かったな。ずいぶんと意地悪を言った。俺はあんたがうらやましいんだ。国は豊かで争いもなく、何一つ不自由が無い。あ、違うのか? それなりに不幸せなことがあるのか。どうせ、贅沢な悩みなんだろう。やっぱり俺達とは次元が違う。俺は卑屈になってこういっているのではない。実際に、おまえ達の悩みは贅沢な悩みなんだろう。そんな立派なカメラを見せられて、「大変なんですよ」と言われても、この国のやつらは誰も信じんよ。

 ああ、今日は天気がいいな。あの日と同じ、貫けるような青空だ。あんたもこんなジジイを写真に撮るより、綺麗な女でも撮ったらどうだ。こんないい天気がもったいないぞ。

 ああ、今日はずいぶんと気分がいい。異国の若者と話しをするのも良いものだな。俺は、あんたの望む話は何一つ出来なかったと思うが、あんたも楽しんでくれたかい?
そう、良かった。お世辞でもうれしいよ。多分この話をするのはあんたが最後だ。俺は、今までのやつらがこの話をどうしていたのか全然知らない。あんたがどうするのかも見当もつかない。でも、あんただったら、うまく伝えてくれるんじゃないかと思う。でも、俺はもう少しで死ぬから本当にそんなことは興味がないんだ。早く、楽になりたいだけだ。

 俺の話は大体伝えたと思う。もういいか? 少し疲れてきた。ああ。すまない。あんたの好きにしていい。そうだ、最後に一つだけ訊いていいか? 
どうして俺は生き残ったのに、幸せになれなかったんだろう?

「貴方は、優しすぎたのですよ」

そうか。よくわからないが、涙が出てきたよ。あんたが言うのなら、きっとそうなんだな。そうか。そうか。そうか。そうか。



 老人は、私の出国後まもなく亡くなった。老人は一生自分の悲鳴が忘れられなかったが、私の最後の言葉が、老人の一番望んでいた声であればよいと切に思う。

←前 次→

QBOOKS