第2回6000字小説バトル Entry6
心地よい風に桜の花びらが舞い散っている。4月某日、大安。これぞ人生最良の日。女にとって最高のゴールであり、新しい人生のスタート。そう、今日は私笹島ひろみの結婚式。仲のよい友人たちに囲まれてささやかな結婚式、傍らには優しい笑顔の旦那様、私の胸は幸せで満ち溢れている・・・とも言えないのである。
これから行われる披露宴には両親への挨拶が待っている。バージンロードを歩くのが嫌で教会での結婚式を諦めたし、独身最後の日は実家には帰らず友人たちと過ごしたのだから、母は、ずっと願っていた「お父さん今までありがとうございました・・・・・」のお決り文句を私の口から聞くことはできなかった。
コンコン。「はい」ふりかえらずに私はそう返事した。「披露宴のお時間です」とうとうきた。私はゆっくり立ち上がって鏡を見た。塗り立ての出来立ての私の顔が涙でくずれることなんてない。そう、これが最後の意地悪なのだから。
父が嫌いだった。嫌いというより憎んでいたと言う表現の方が正しいのかもしれない。暴力的で横暴な父の全てを否定してきたから今の私が在るのだと言える位に。
父は4男3女の7人兄弟の末っ子として博多の下町で育った。親ほどに年の離れている長男と次男はすでに他界していて、母親、つまり私の祖母も長男たちの後を追うように次の年に亡くなった。今日の結婚式にも顔を出していない父方の親戚とは10年ほど交流がなく、私が小2のときに亡くなった祖母の葬式で涙を見せていたのは、唯一祖母に10年間いびられ続けていた母だけだった。最期にはボケていた祖母を末っ子の父に押し付けていた親戚もわずかばかりの遺産相続の話し合いには参加したそうだ。写真でしか知らない祖父はその時代には珍しく180cmの長身で、若い頃に単身で朝鮮に渡り商売をしていたらしい。その後の戦争で日本に戻りそして祖母と結婚したそうだ。気性が荒く、酒好きで祖母は大変苦労したらしい。そんな祖父の性格を1番譲り受けたのが父だったのだろう。
物心ついたときから家での父は絶対であったし、そんな父に常に心の中では反発していた。それでも中学生になるまではこれといった抵抗もできずにいた。しかし、私が中学生になる頃にそれは一変した。元々口が達者で、何かと人前で発言することが多かった私は事あるごとに父に反発していった。
「おかぁさーん、今日の夕飯なんにすると?」
「肉じゃがと―ほうれん草のソテーと―そんな感じたい。」
母は、ぱっと見る限り決して亭主の3歩後ろを歩くタイプには見えない。昔から手先の器用さと運動神経のよさだけがとりえだった母は、週1のママさんバレーにも積極的に参加していたし近所のおばさんの経営する小さな雑貨屋さんにも自分の作った人形なんかを出していた。ちょうどこの週はママさんバレーの試合が続いていて昨日とおとといがその試合だった。しばらくして父が帰ってきた。父は酒飲みだが決して外では飲まない。だから仕事が終わると真っ直ぐ家に帰ってくる。私的には迷惑な話だ。そして酒を飲みながら会社での愚痴話に花を咲かせる。それを延々と母が聞く。月に20冊以上もの本を読み独りでぶらぶら旅行に行く父と、5ページも文章を読むと寝てしまう方向音痴で世間知らずの母だから自然とこの「話す、聞く」の状態になったのも頷ける。
「お前、まさか今日もバレーやなかろうね。」
父は母の目も見ないで、爪楊枝で歯に詰まった食べかすを取りながらそういった。父はジャージ姿の母を見てそう思ったみたいだ。
「あぁ、違うよ。これひろみ達とさっきバトミントンしたんよ。」
そう明るく答えた母に、
「週に3日も家空けるようやったら俺も考えるぞ」
そう父は言い放った。ほら始まった。でもこれくらいいつもの話。いちいち関わる方が馬鹿なんだから。私はそう自分に言い聞かせた。
「大丈夫って」
キッチンに向かった母を父は引き止めて言った。
「大丈夫やなかろうが。家の事もできんようやったら止めてしまえ。」
「ちょっとなん言ようとよ。」
我慢できず私は立ち上がった。
「お母さんがせっかく頑張りよう事自分の勝手で止めさせんどきぃよ」
父は少しも悪びれた様子もなく、
「うるさい。お前が口出すことやなか」
いつもこうだ。私は関係ないって。
「関係なくなかろうもん。こっちはお母さんがバレーのときは色々協力しようのに自分なんもしよらんやん」
「お父さんは仕事で疲れて帰ってきとうのにお母さんおらんかろうが」
どんどんヒートアップする父。
「稼ぎようのあんただけやないとよ。お母さんもやろ。あたしだってあんたなんかのご飯作りたくないっちゃけんね」
「親に向かってなんて口ききようとか!」
ここまできたら後はどうしようもない。父が気がすむまで殴られ、母が泣きながら止めに入る。私は家を飛び出して逃げるか父の怒りが低い日は自分の部屋に駆け込むかだ。この日は母の泣きが効いて「週1以上はバレーに行かんけん」そう母が言ったことで終わった。
後にも先にも私が父に殴られた経過と理由を覚えているのはこの時だけだった。どの子供にとってもそうなのかもしれないが何で殴られたかなんては忘れてしまっても殴られた時の事は昨日の事の様に覚えている。鍋で殴られて鍋がへこんだ事、ダスキンモップで殴られたこと、壁に叩きつけられたこと、確かに虐待とまではいかないけど私の心の奥に傷をつけるには十分だった。私は今でも冗談で軽く叩かれることさえ拒んでしまう。
高校に入ってからは、私の反抗期も終わり、高校が遠く部活にも入っていて朝と帰りが遅く父とはほとんど会話をすることもなくなった。しかし、私は高2の冬地元の大学ではなく東京の大学を目指し始めたので、父に相談することになった。
「お父さん。あたし東京の大学に行きたいんやけど・・・」
その後は言葉が続かなかった。
「行けばよかろうもん」
「えっ」
思いもよらない父の答え。でもやっぱり父は父だった。
「自分で勝手に行けばよかろうもん。大体女のくせに勉強げなせんでよかったい。高校行っただけでよかろうもん。文句あるなら今すぐ高校辞めてもらっても構わんけんね」
その後はもう話すことはなかった。
「わかった。高校出してくれてありがとうございました。それからのことは自分でお金貯めてから決めるけん」
それから3日後父から東京行きの許しが出た。なぜかはわからない。きっと父の気分なのだろう。私は受験勉強中も、大学が決まった後もいつ父に駄目だしされるかとびくびくしていた。結局無事に東京に行くことができ私は充実した大学生活を送った。そう、父のいない平穏な日々を。
「では、続いて新婦の小学校時代からの大親友であります吉永由紀さん旧姓松本由紀さんにお祝いの挨拶をお願いしたいと思います。」
はっと我に帰った。そうだ、今日は結婚式なんだから父のことなんて考えるべきじゃないんだ。私は幸せになるんだから。
「え・・ひろみそして祐介さん御結婚おめでとうございます。え・・ひろみとは小学生の時からの仲なんですけどもーこんな年下のいい男を見つけるなんて想像もつかず、全く羨ましい限りです。・・・・・・・・」
由紀の所とは似たような感じでーつまり父親が。私は家を飛び出したとき由紀の家に行っていたし、由紀もテレビのリモコンで殴られたときも私の家に泣きながら駆け込んで来たっけ。その由紀と成人式の写真取りで一緒になったことがあった。「あーひろみやん。かわいいやん。七五三みたい」
そう言う由紀は落ち着いた緑の着物に頭にはかすみそうが飾られていてそれと比べると確かに私は七五三のようだ。
「やろー?自分でもこれ七五三やんって思うもん」
「ははは」
それから待ち時間の間、懐かしい思い出話と成人式への期待なんかを話して、そして写真も取り終えた。
「ねぇ、由紀これから少し時間あるけどどうする?」
「うーん、とりあえずお父さんに着物姿見せたいけんね。それから連絡するね」「えっ、う、うん」
私は由紀のその答えに戸惑った。写真館を出てから車の中で母が持ち出した話もその事だった。
「由紀ちゃん偉いねぇ。大人やね。お父さんに見せたいけんって普通はそうなのにねぇ。あんたもそんなこと思ったらいいのに」
「・・・・」
そうなんだろうか。同じ様に父親を嫌って父親に殴られ泣いてた由紀が成人できたことを父親に感謝するーそれは由紀が大人になったから?私が子供だからなのだろうか。着物姿と同じ様に。何年たっても父のことは好きになれないしたまに東京から帰ってきてもなるべく父とは話さないようにしてきた。そんな私に母はいつも嘆いていた。
「なんであんたはそげんあるかねぇ。お父さんはあんたの帰りを楽しみにしとって恵美子は帰ってきたとかって会社から電話してくるし飛行機はちゃんと取れたとかってお母さんが怒られよったとよ」
「なんよ。東京行くときはお前とか知らんって言いよったくせに」
「馬鹿やねーあんたが心配やったけん東京行かせたくなかったっちゃろうもん」「えっ」
思わず言葉が詰まった。でも、そんなことで私は変わらない。殴られたことも、押し付けられたあの人の考えも少しも忘れてないから。
「では、続いて新郎新婦による初めての共同作業キャンドルサービスです」
「ひろみ?」
「えっ?」
つい、ぼーっとして祐介が声をかけてきた。
「大丈夫?ひろみ」
「あっ、大丈夫よ。緊張しちゃって」
私と祐介は立ち上がってキャンドルを持った。前方に母とそして父が見えた。昔より白髪が増えて気のせいか痩せた様な気もする。
父は今まで2度程死にかけたことがあり、と言っても母が大げさに心配していただけのようだが私は2度とも父の病院にも行かなければ、ここぞとばかり遊び歩いていた。
父が死んだっていい本気でそう思っていた。死んでほしいと願うわけでもなく無関心だったのだ。
しかし、母はどうしようもないくらいにうろたえ、痩せていきこの人は父がいないと生きていけないんだと思った。
でも、大学に入ってからの私は少し違ったような気がする。東京での独り暮らしが私に孤独を誘ったのか妙に家族が恋しくて母に感謝しない日はなかった。そしてー父に対しても。娘と父親の感動ドラマに柄にもなく感動して号泣した事もあった。でも、きっとそれは独り暮らししていたからであって、父のことを認めたわけじゃないのだと思う。そう、だって就職先も理由もなく反対されるし(詳しくは理由を言わない)年下だって事で祐介を何もわからない小僧呼ばわりするし・・・この人は自分以外に興味がなくて気分だけでモノを言って、怒り以外の感情なんて見たことないんだから。
キャンドルサービスが終わった。いよいよ両親への挨拶と花束贈呈だ。どうしよう。何言うかまだ考えてないよ。
「では、ご両親様への花束贈呈と挨拶です」
きた!どうしよう。ゆっくりと立ち上がる私と祐介。思わず下を向いてしまう。すでに潤んでいる母と真一文字に口をつぐんだ父もステージに向かっている。・・・祐介に手をとられて歩き始めた瞬間、私の頭にはいつかの記憶が…父に対する忘れてた記憶がよぎった。そういえば1度だけ父の涙を見たことがあったのだ。あれは確か私が高校生のとき、家族でテレビのドキュメンタリーを見ていたときのこと。中国の奥地にある民族の村に黄竜という9歳の少年がいた。彼は父親と死んだ母親の間にできた子で継母にひどい虐待を受けていた。黄竜の背中には焼いた墨でつけられた火傷の跡があった。ろくに食事ももらえてない黄竜の体は痩せ細りしかしそれでも彼は医者になりたいと微笑んでいた。ドキュメンタリーの最後に黄竜君が亡くなったという字幕がでた。ふと涙をぬぐうと、いつものようにしゃっくりしながら泣く母の横で父が声も上げずただ一筋の涙を流していた。そして弟や母が気づかぬうちに2階の寝室に行ってしまった。24年間で1度だけ見た父の涙であった。父の涙が意味するものはなんだろう。今までの24年間のことがぐるぐると頭の中を回っていった。父とろくに会話も交わさなかった頃の自分、いつも酒を一人で飲みながら母に愚痴をこぼしていた父の姿、そして、記憶にもない写真でしか知る事のできない私が生まれた時の父の笑顔…
「はい、では新婦ひろみさんに挨拶をしていただきたいと思います」「・・・・・・」
長い沈黙だった。会場がざわつき祐介と祐介のご両親も心配そうに私を見た。
「あたしは・・あたしは父が大嫌いでした。父の横暴なところも生き方も考えさえも否定してきました」
さらに会場がざわつく、母はしゃがみこんでしまった。
「ひろみ・・」
祐介がなだめようとしてきた。私は顔を上げて真っ直ぐに父を見た。父はすでに私を見ていた。生まれてはじめて私の目を真っ直ぐに見ていた。
「でも、わかった。お父さんほどお母さんを愛して大事にしている人はいないって。」
「恵美子?」
しゃがみこんでいた母が立ち上がって父と私を見た。
「横暴で母に意見なんて求めない父でしたけど…母は1度だって父と別れたいなんて言わなくて…それどころか父が病気をするだけでこの世の終わりみたいに…泣いていました。二人はお互いしか見ていなくてそれはー私も大人になって恋をしてはじめて気がついたことなんですが…二人は今でもラブラブなんです」
「ひろみ・・」
早くも母の目は涙であふれていた。
「父が母を愛していたように・・・・・・・・・・・・・・・」
父は変わらずこっちを見ていた。24年間言えなかった思いが私にはある。
「私も・・ずっと・・父に愛されていたんです。父の口に出せない優しさに包まれてここまで来たんです。・・・気づくのが遅すぎて・・照れくさくて言えなかったけど生まれてはじめて言います。お父さん、いままでありがとうございます」
そう言ってお辞儀をしたまま私は泣きました。軽く会釈するつもりが深々と頭を下げていた。押し殺したような鳴き声に顔を上げるとそれは泣き虫な母ではなく、顔をくしゃくしゃにしてなく父でした。生涯で2度目の父の泣き顔でした。しかも今度は号泣でした。
「お父さん、ひろみさんは僕に任してください。お父さんに負けないくらい愛します」
そういった祐介に父は3回大きく頷いた。
それから――父とあつい抱擁を交わしたわけではない。長い間に築き上げたこの微妙な距離は変わることはないし、父の3度目の泣き顔はもうありえないかもしれないし、私も素直でかわいい娘を見せることもいつになることやら。それよりまた怒鳴りあってけんかする日のほうが近いのかもしれない。でも、それでいいのだ。今までとは違って私はもう、父の愛情に気付いているのだから。