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第2回6000字小説バトル Entry8

少年は剣を持つ

 その辺境の街には何も無かった。その街を取り囲む深い深い森以外には、本当になにも無かった。ただその森の中には、希少価値の高い「日割り草」と呼ばれる薬草の群生地があった。しかしその事実はあまり知られておらず、やっぱり街は観光名所にもなれないくらい何も無いことになっていた。

何も無いことになっている街の何も無い日常。その一部に、後に歴史を変えるかもしれない騎士の誕生秘話が、隠されていたかもしれない。

 ジーン少年はその日、病気がちの母のために薬草を採りに行っていた。両手で抱えきれないほどの「日割り草の葉」を、落としては拾い、落としては拾って家路を急いでいた。この薬草独特のほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。森の生い茂る木々の下、太陽の光はかろうじて届く程度で、あたりは薄暗かった。しかし、そんなことには慣れている。
 森には猛獣が棲み、山賊の類が出没するため街の子供は入ることを許されていなかった。が、

「許されちゃいないが、見張りもいない。罰も無い」
 と、ジーンは、申し訳程度に設けられている柵をいつものように飛び越えてきたのだ。

 「日割り草」がカサカサとすれる音に、遠くからの鈍い物音が紛れてくる。気になったジーンは帰り道をそれ、音源を目指した。苔むした大木をいくつか通り過ぎ、生ぬるいシダの茂みを掻き分けて進む。音がしている場所はそう遠くないようだったが、いいかげん、いちいち落ちる「日割り草」を拾うのが面倒になる。ヒルが気になったが、ジーンは、上着を脱いで「日割り草」を包んだ。

 正面の大木の向こう。ブッとゴムの切れとぶ音に続き、噴水の水の囁き、そして、岩の転がる音と同時に「土熊の首」がジーンの足元に転がって来た!

「……!」

 声にならない悲鳴。血のにおいにむせて、仰向けに倒れこんで後ずさりすると、「日割り草」を包んでいた上着がほどけてしまう。血にまみれた首なしの熊と、さらに現れたのは、熊の返り血を浴びた大男だった。男は鮮血に紅く染まったナタを少年に突きつけ、いやらしい笑みをもらす。

「今日はついてる。「土熊」に「日割り草の葉」か。おいガキ、その抱えてんの、置いていきな」

 しかしジーンは、おびえてはいたが、「日割り草」を包みなおして抱え込み、渡そうとしなかった。子供ながらに抵抗してみせるジーンに、男は満足そうに破顔する。もとより「日割り草」は貴重だが、どうやらこのガキにとっては、それ以上に必要なものらしい。

「病気の家族でもいるのか?」

 男の勝手な推理だが、「日割り草の葉」の効能を考えれば当然行き着く結論だ。少年はふるえる声を絞り出した。

「母さんが病気なんだ。だから、これはあげられないよ。ほしいなら、森の奥に群生地がある……」

 男はもう一度笑った。

「俺はそれが欲しいんだよ」
「だからダメだって……!!」

 あくまで渡そうとしないジーンだったが、ナタの切っ先を突きつけられ、押し黙ってしまう。
 レアアイテムの入手、そして誰かのためにしている努力を踏み砕くという、男の最大の趣味が今なされようとしている。ナタを突きつけただけでこの表情をする少年。これが悔しさに嗚咽する姿を思うと、心が躍った。我ながら悪趣味とは思うが、楽しいのだから仕方ないのだ。

「渡せ」

 ジーンは今にも泣きそうな顔で、しかし首を横にふった。「日割り草」の甘い香り。

「群生地を知っているならお前がもう一度行けばいい。おふくろさんの病気も、そう急がなくても平気だろう。わざわざお前が、ここで痛い目にあうこたぁない。それとも、わざわざ痛い目にあいたいか?」
 俺はそっちでもかまわないがなと、男は付け加えた。

 ジーンは観念してうなずいた。首をたれて表情は伺えないが、悔しがっているに違いない。男は興奮を覚えつつ、少年に歩み寄った。
「そうそう。全部出せよ? 素直にしてれば命までとらねぇんだ」

 上着ごと引ったくり、品を定める。めったに手に入らない「日割り草」が、一度にこれだけの量入手できるとは稀に見る幸運だ。
 半ば呆然と男を見上げている少年に気付くと、男は視線で「行け」とうながした。

 釈然としない。するわけが無い。だがジーンは、わだかまる悪感情を必死に押さえ込んだ。男の言うとおり母の病気は急じゃないし、だったらわざわざ、痛い思いをしない方がいいに決まってる。あの土熊のようにはなりたくない。
 だが悔しさがのこる。力に屈するしかできず、力に抗う力を持たない自分が、くやしくてしょうがない。

 しかし、さまざまな思いがつのる中、ジ−ンの中でそのとき、一番強かった思いは、開放された喜びだった。何は無くとも生きている。
その事実が、唯一彼の心を救っていた。

 「おいガキ。こっち向きな」

 再び男が呼んだ。ジーンはまだ何かあるのかと、うんざりだったが、振り向いた。そうしなければ何をされるか分かったモノではない。
 男はそう遠くない距離に、しかし、ナタは届かない距離に立っていた。男の構えたボウガンがジーンの体に向けられている。男が、これまでで一番うれしそうに笑っていた。

「……なんで!!」
=命はとらないって!!=

 少年の顔が悔しさにゆがむ。男はたまらずに、声に出して笑った。
 喜びが絶望に変わった表情。おかしくて仕方ない。これを見るのが楽しみで仕方なかった。これまでにさまざまなツラを拝んできたが、男はこの少年以上の顔を見たことがない。

=最高だ!!=

 「日割り草」の群生地というのも魅力的な情報だったが、この険しい森を子供の足で進める範囲はそう広くない。たっぷり遊んだ後で、自分の足で捜しに行ってもすぐに見つかるはずだなのだ。今日は都合のいいことしか起こらない。最高だ。

「ぐははっはっはっは!!」

 ボウガンの矢が撃たれる。ジーンは目を閉じることもできずに、次の瞬間には己の体に食い込むことになる矢の先端を凝視していた。


 そして、視界が半転する。


 「日割り草」よりも甘い香りに、ジーンは包まれていた。少年に向かってきた矢は彼の肉に届く前に叩き落とされていた。叩き落したのは、銀色の一閃。

「なかなか趣味が悪いじゃねぇかオッサン」
 銀の剣を振るった男が吐きすてた。

「大丈夫?」
 と、小声でジーンにたずねてきたのはジーンを抱きすくめている女性だった。甘い香りは香水か何かだ。ぎゅっと少年を抱く彼女の腕に力が入る。

銀剣の男と女性はどうやら仲間のようだ。二人とも同じ、オレンジ色のコートを羽織っている。春だと言うのに。

 女性はジーンを抱えて大木に身を寄せた。少年の安全を確保する。ジーンの肌に触れるコートが暑い。

「そのむさくるしいコート、騎士団のやつらか? 何でこんな辺境に」

「通りがかったついでだよ。つ・い・で!」
 銀剣の男は軽い調子で返答した。
「男色童児趣味の変態がいたから職質に来たってわけだよ」

「ちぃッ!!」

 変体扱いされた男は銀剣の男にボウガンを向け、矢を連射した。矢と銀剣が風を切る音に、矢がことごとくへし折られる破裂音が続く。
 銀剣の男は一気に間合いを詰め、大男の正面で刀身を振り上げると、ボウガンを斬りおとした。
「このっ」
 男がボウガンを棄ててナタを取り出すより早く、銀の切っ先が上着に縫いつけられたプレートにつき立てられた。身長差で銀剣は突き上げる形になっているが、動きを止めるにはそれで十分らしい。かっこ悪さは問題ではない。銀剣の騎士団員がその銅版に刻印された暗号を読み上げる。

「盗賊ギルド首都本部・登録ナンバー5121か。お前、フリード・アースターだな?」

 わざわざ暗号にしてある登録票をこうも簡単に読み上げられるのも遺憾だったが、それ以上に、プレートには本名までは記されていない。アースターは一瞬、驚きを隠せなかった。が、すぐに思い当たって平静を取り戻す。以前首都で流れていた騎士団の男のウワサ。

「お前が登録ナンバーとそいつの名前を全部暗記してるってクソ野郎か……確か名前は」
 アースターが言い終わるのを待たずに、銀剣の騎士団員は再度剣を振り下ろした。かろうじて、ナタでそれを受け止める大男。銀剣の騎士団員は攻撃の手を休めなかった。から竹割り、胴、けさがけ、逆胴、突き。一撃、二撃、三撃と連続して仕掛ける。あるときは大男の耳をかすめ、あるときはナタで受け止められる銀の剣閃。

 すごいものを見ている気がした。ジーンはその戦士たちの戦いを食い入るように見つめていた。全身から汗がふき出してくる。背中から腹部へ回り込む、妙に暖かい女性の腕も手伝って、服がへばりつくほど汗をかく。

 騎士団員の大振りの一撃をアースターが回避した。アースターはその巨体に似合わない身のこなしで跳躍する。騎士団員の頭上でナタを構えなおし、叫んだ!

「思ったほどでもないな! これが騎士団の実力か!?」

 巨体がすぐ後ろまで迫っても、騎士団員は振り向けていなかった。切っ先はまだ、森の腐葉土に突き刺さったまま。

「誰がテメェにホンキ出すかよ」

 銀の一閃!

 ジーンがその日見た剣閃の中で、それはもっとも速く、鋭いきらめきだった。
 切っ先が地面から地面へ、アースターのナタを経由して真円を描いた。ナタはその中ほどから切断され、機能を失う。真円の剣閃に続いて、騎士団員の蹴りが大男のわき腹に入る。見事な脚力で大男は吹っ飛ばされた。

「……っれ?」

 ジーンたちが背中を預ける大木の方へ。一直線に。
 騎士団の女性はジーンを抱き上げて横に跳躍し、これを回避する。大男・アースターの巨体が大木の幹に打ち付けられ、ジーンたちの目の前に転がった。女性の腕がさらに強く、ジーンの体に食い込んだ。

「ウラーッ!!」
 銀剣の騎士団員が咆哮を上げてアースターに突進する。そのあまりの声量にジーンは反射で彼をふりかえった。剣の柄を握る皮のこすれる音がジーンの耳にまで届く。あれはどうみても本気だった。殺す気で向かって行ったに違いない。走る足の一歩一歩が地面から土をえぐりとばし、その軌跡が一瞬で倒れている大男まで伸びていった。銀の剣が伸びる。

「サン!! およしなさい!」

 騎士団の女性が声を張り上げると、一瞬、銀剣のサンの動きが止まった。今頃になって、このサンと言う男の疾走が掻き分けた風が、ジーンの頬までとどく。その風が届くと同時に、さっきまでひしひしとジーンに恐怖すら感じさせていた殺気が消えた。

「カシュ。そんな顔をするなよ」

 カシュと呼ばれたこの女性がどんな顔をしていたのか。背後から抱きしめられていたジーンにはうかがい知れなかったが、サンの割と平静な声を聞いて、カシュは安心したのか、ジーンを抱く腕の力をゆるめた。

「子供の目の前です。わきまえなさい」

 その口調は凛として、事務的だったが、何かを気にかけるような影があった。

「あたり前だ。ガキの目の前じゃ、殺しなんてできねぇよ」

 冗談めかしてサンはいった。が、これが冗談でなかったことはジーンにも判った。つまり、子供が、自分が見ていなかったら、フリードアースターはサンに殺されていたのだ。

「あああーー!!」

 絶叫とともにアースターが起き上がった。三人が振り返るまもなく再び跳躍し、巨体に物を言わせてサンを押し潰しにかかる。

「チッ」

舌打ちと同時に剣を構えなおす。先ほどの殺気とは明らかに違う。しかし、圧倒的な気迫がサンに満ちる。

「サン…―ッ!!」
カシュが短く、彼の名を呼ぶ。

「わぁってるっ!!」

 殺すなとの命令だったのだろう。カシュはどうやらサンの上官らしい。わりに、サンはタメ口をきいていたが。

 サンは銀剣を地面に突き刺した。フリーになった右のこぶしに最大級の握力と、上体に最大級の捻転を。向かい来る巨体にあわせてカウンター気味に、強烈なこぶしを叩き込んだ!!


 動かなくなったアースターを縛り上げるとサンは、手の平を叩いてホコリをおとした。

「カシュ。いつまでそのガキ抱えてんだ」
 サンは不機嫌そうに言い放った。

「あら。何か問題かしら」

 こともなげに、そしてどこかうれしそうにカシュが言い返す。言いながら彼女はジーンを解放した。彼女の甘い香りが遠くなっていく。

「あ。……ありが。とございます」

 サンの闘いが、技とパワーが脳裏に焼きついている。少年の語彙力では表現できなかったが、すごいと、ただただすごいと思った。そのとき多分少年は、感動していたんだと思う。

 ジーンは一通り礼を言い終えると、「日割り草の葉」を拾いに走った。そう長くない距離、十メートルも行かないところに上着ごと、「日割り草の葉」はころがっていた。拾い集める。かすかな甘い香り。カシュと同じにおいだが、かなり薄い。ジーンは思はずカシュを振り返っていた。
「で、確認が遅れたが、お前はジーン・アネンモギーで間違いないか?」

 カシュを振り返ったはずが、目の前にいたのはサンだった。銀の剣は鞘に収められ、かれの右手に握られている。助けてもらってなんだが、初対面の人間に名前を言い当てられて疑問に思わないやつはいない。

「……えっ?」
 思わずそんな声しかでなかった。サンは拾い残しの「日割り草」をつまんで、ジーンに差し出した。

「俺たちはニース・アネンモギー……つまるところ、お前の母親の知り合いなんだよ。ニースの依頼で、お前を迎えに来た」

「母さんの?」
 胡散臭そうな顔で少年は相づちをうった。

 いろんなことがうそ臭い。息子を迎えに騎士団をよこすなんて。それ以前に、母が騎士団に顔がきくなんて話はきいたことが無い。
 そんな疑問を、サンは感じ取ってくれたようだ。

「俺たちがこんな辺境に来たのは別の事件のためだ。ニースに、お前んちに宿を借りることにして、お前を迎えに来たのは宿代がわりってこったな」
「でもなんで、僕が森にいるってわかったの? 立ち入り禁止の場所なのに」

 サンは一瞬返答に困っていた。それから一つ息をはいて、笑う。
「ニースはお前の母親だからさ。おまえが秘密だって思ってても、親バレしてることなんて山ほどあるぞ。きっと」
「おやバレ?」
「親は何でもお見通しってことだ」

そういってもう一度笑い、サンはポンとジーンの頭を叩いた。
 それが、終わりの合図だった。


 ジーンは帰宅したとき、母に森に入ったことをとがめられたが、気にしなかった。その母のために採ってきた「日割り草の葉」は戻ってきたし、騎士団の、騎士の闘いを目の当たりにできた。少年はすこぶる満足だった。
 サンが任務を終えるまで、つまりは首都へ引き上げるまで、ジーンは剣を教えろとしつこく迫った。サンは基礎だけ教え、後は自分でと、早々に首都へ帰って行った。一振りの、銀の剣を残して。
 ジーンは銀剣を持って森へ入り、強くなるために銀剣を振り回し続けた。

 そして十年。
 十七歳になり、騎士団入団試験資格を得たジーン少年は首都へ赴くことになる。

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