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第4回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry5

縁の下


 いつものように残業を終えて家に帰ると、息子に胸倉を捕まれた妻が鼻血を流しながら「おかえりなさい」と私に言った。
 呆然とする私に息子の孝之が向かって来た。孝之は高1だが、既に私より体格が良い。近づくと男の体臭がする。我が子が見知らぬ他人に思えて恐怖した。情けなく裏返った声で怒鳴りつけると、頬に拳が飛んで来た。孝之は倒れた私を尚も蹴る。
 『高1、父親を殺害』という見出しが頭をよぎった瞬間、バキっという音がして蹴りが止んだ。顔を上げると頭を押さえた孝之が蹲り、傍らには箒を持った妻が立っていた。
「あなた、逃げるのよ!」
 そう叫んだ妻は脱兎の如く庭に飛び出した。私も後に続いたが、既に妻の姿は無い。昔から韋駄天のような女だった。が、私は肥満体だ。とても逃げ切れない。とっさに縁の下に飛び込んだ。

 しばらくして、重い足音を響かせて孝之が縁側に来た。
「クソババア殺してやる」
 野太い声で孝之が言う。私は恐怖に身を竦ませた。妻から最近孝之が乱暴になったと聞いていたが、これ程とは思っていなかった。私は見つからないように奥に這い進む。すると、小石のような物が手に触れた。拾い上げてみると抜けた歯だ。孝之の乳歯だった。子供の歯が抜けると下の歯は屋根に、上の歯は縁の下に投げる風習がある。
「ネズミの歯と換えとくれ」
 まだ小さかった孝之と一緒に、縁の下に投げ入れた事を思い出した。あの頃の孝之は素直で可愛いかった。いつから変わってしまったのか、どこで育て方を間違えたのか。
 いや、間違えるも何も、私は子育てから逃げていた。仕事が忙しいとか、親離れさせる頃だと理由をつけて息子と過ごす時間を無くしていったのは、大きくなるにつれ何を考えているか解らなくなっていく息子が怖かったからだ。いつ私を馬鹿にするようになるのか、いつ親を親とも思わないようになるのか、そうなる息子が怖くて、子育てを全て妻に押し付けていたのだ。

 ふと、孝之のすすり泣く声が聞こえてきた。昔から悪い事をした後、怖くなって泣き出す気の弱い子供だった。体は大きくなってもそんな所は変わっていないのだと苦笑すると、小さな頃の孝之と今の孝之の姿が重なった。
 こいつは自分の息子だ。これからも、ずっと。
 縁の下から這い出すと、孝之が驚いた顔で私を見た。顔についた蜘蛛の巣を払い除けて孝之の前に立つ。ぎゅっと手の中の乳歯を握り締めると、足の震えが止まった気がした。


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