【≪ 前】【▲第4回もくじ】 【次へ ≫】
第4回チャンピオンofチャンピオン小説バトル Entry9
満月の夜である。 たわんと蛍が灯る。最初の一匹を見つけると、その光を追った。竹藪に向かったと思うと、そこには無数のほのかな光りの群である。数匹がいつの間にか膨れ上がり、数えきれぬほどの柔らかなひと塊となる。灯火は儚気だ。一瞬、小指の先ほどの光が見えると、すぐさま夜に戻り、また光ったと思うと、もう消えている。刹那によろめく光は、まるで何かを探し求めているように迷い、彷徨う。思いを込めた蛍の火は、県道からの車の灯に、もろくも吹き飛ばされてしまう。 子供のわめく声にひかれて、彼はその方を見る。するとそこには一匹の蛍が籠に入れられ、家族がまわりを囲み、じっと観察している。両親はきれいだねと口にし、子供は木の枝で、蛍の尻を小突く。しかし、それでも蛍はやはり光るのであった。 満月の宵は闇には程遠いのかもしれぬ。その上あの県道からの明かりである。私は明るすぎる周囲を嫌って、川上の方へと足をのばした。きっと、あの竹藪に包まれたあたりならばもっと鮮明であろうと期待したのだ。 確かに中はいくぶん闇に近づいている。足下は明瞭とせず、ぬかるみ、不確かで、踏み外すと川に落ちてしまいそうであった。左手を木々にそえ、地をなぞるように歩を進める。すると、体が川へ向かって横に滑った。慌てて幹を掴んで落ちることはないのだが、しかしそれが私を急に興醒めさせた。私はもときた道を引き返し、騒がしい見物客の列を遡った。 ついさっきまで趣きに酔っていた。しかし今は、ちらちらと視線を掠める一匹の蛍が鬱陶しい。幾度も鼻先にかかるので、私は素早く右手で払った。驚かしてやろうと思っただけであったが、掌は蛍を的確に捕らえたようで、ぱちっと地面についた音がした。そしてそこを少女が走り抜けた。小さな足が蛍に迫り、間もなく踏みつぶしてしまった。蛍の頑強そうな羽がねじれ、尻のあたりからは、艶やかな液がでてきていた。私はうずくまって、その姿をながめた。私が指先をのばし、触れようとすると、蛍の臀部が光った。か細いが確かに光ったのだった。薄く白い光が点滅する。蛍は歪んだ羽を懸命に動かして、体は呼吸をしているようにわずかに揺れている。ひたすらに蛍は白く自らを彩るのである。小さきものはそれから体を二度、大きく震わせると、もう一度だけ光り、そうして動かなくなった。私はその軽い体を指先で弾くと、立って行った。私はただ、家に帰るばかりである。
【≪ 前】 【▲第4回もくじ】 【次へ ≫】