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第8回チャンピオンofチャンピオンバトル小説部門 Entry3

泥の船


 湿った空気が重く、私の身体にのしかかる。誰もいない、ひとりきりの午後。私は湿っぽい畳の上に横になり、目を閉じる。
 指先を静かに這わせると、そこはすでに温かくぬかるんでいた。柔らかな肉の壁を親指と中指で押し開き、その中心に息づいている小さな芽を撫でる。すると固く結ばれていた私の唇がわずかに緩み、甘酸っぱいため息が漏れた。

 ゆっくりと。ゆっくりと。
 私は泥の船を漕ぐ。
 水は濁り淀んでいて、どのくらいの深さがあるのか見当もつかない。
 行く宛てもないまま、私を乗せた船は暗い水面を漂う。

 船の動きに合わせて、わずかに腰を上下させてみる。それまでこわばっていた体の芯が一気に緩んで、甘い痺れが同心円を描きながら全身に広がる。耳の後ろでざわざわと声がして、私は上半身をのけぞらせて大きく喘いだ。

 誰もいない。誰もいない。
 鬱蒼と葦の葉が生い茂り、ときおり強い風が吹く。
 そのたびに体が揺れて、泥の船は少しずつ生水に侵食されはじめた。
 心もとない寂しさに、昂ぶる私の魂は容赦なく追い詰められてゆく。

 ああ、と身を捩るたびに背中が擦れて、イグサのにおいが立ち上る。指の動きはいっそう速くなり、そこからもまた、水の音。立てた膝はがくがくと震え、呼吸が乱れて息苦しい。それでも私は動きを止めることもできずに、ただひたすらに泥の船を漕ぐ。

 溶けてゆく。溶けてゆく。
 私の肌が泥にまみれて、船と一緒に溶けてゆく。
 やがて私の細胞は泥となり、船もろともに水中へといざなわれる。
 濁った水に抱かれながら、迫りくる「何か」に私はその身を投げ出した。

 体の奥底から湧き上がる強い力に、私は泣きながら翻弄される。生命が音をたてて軋む。震える。硬直する。そして歯を食いしばる。泥の船は崩れるように溶け、私の体は水中に沈む。手を伸ばしてみても何も掴めない。ぬめりを帯びた藻が、からまるばかりで。

 泥の船は完全にその姿をなくし、溶けかかった私の体は水底に沈む。それを無数の魚たちが、いっせいについばみはじめた。私の体は泥と一緒に流されて、やがて母なる海の藻屑となる。

 濡れた指先を口に含むと、懐かしい潮の味がした。私は軽く身なりを整えて起き上がり、部屋の中を見渡す。何も変わらない。無愛想なデジタル時計が、家人の帰るときを告げている。もう水の音は聞こえない。私は背筋を伸ばし、両手で日常の扉を開く。


 また泥の船が、私を迎えにくるまで。


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