第8回チャンピオンofチャンピオンバトル小説部門 Entry5
玄関の鍵を開ける音で目覚めた。天井のしみの色あいから見て、そろそろ昼だ。私は窓際のカレンダーで曜日を確認し、敷きっ放しの布団から体を起こした。部屋中に絡みついた蔦がばさばさと音を立てて、カレンダーも閉めきったカーテンも揺らした。私の背中から生えているその蔦は生き生きと壁を這いのぼり、狭い六畳間を鬱蒼と覆っている。私はまた遠い学生時代を思い出して情けない気持ちになった。
週末のたびに来る道子は、今日も真っ先に窓を大きく開けた。秋空の眩しさに顔をしかめる私を立たせ、手馴れた仕草で壁の蔦をはがし始めた。放っておくと取れなくなってしまう。生え始めの八月は好天が続いて、二日で身動きできなくなった。蔦に侵入された隣家の通報で五日目に救出された時は、大家と警察にこっぴどく怒られた。幸い蔦が栄養を作ってくれるので、餓死どころか少し太ったくらいだったが。
「会社からまた連絡がありましたよ」
私はかぶりを振った。蔦も一緒に揺れる。
「こんなの笑い話で済むじゃありませんか」
開発中の試作品にこっそり手をつけたのだ。けじめというものがある。私は鏡に向かい、薄くなった髪を撫でた。肝心なところに効果がない。わが社もろくでもないものに企業生命を賭けたもんだ。私はこれで二十年勤めた会社を辞めた。退職金を妻と娘に残し、家を出たのが二ヶ月前だった。
蔦で蒸れた背中が痒い。堪らず壁にこすりつける。その仕草を見た道子が掃除の手を止めて私の背中に回り、シャツをたくしあげた。
「昔から変な痩せ我慢ばっかりして。言ってくれれば背中くらい、何時でも掻いてあげたんですよ」
綺麗に爪を切った指先が蔦をかき分けながら肌を優しく掻く。ゆっくりと痒みが静まっていった。
「預かっていた書類です」
道子は肩越しに封筒を差し出した。私の肩が思わず強張る。来週は美樹も連れてきます、と道子はいう。私は頷いたが、書類を開いて「おい、これは」と振り返った。
「あら、あなた、見て」
道子が鏡を指差した。蔦の一本を引っ張り、鏡に映る私に向ける。その先端に、随分と膨らんだ白い蕾があった。私たちに見られた蕾は何事か堪えるようにむずむずと花弁を擦っていたが、すぐにぽふん、と開いた。朝顔を丸めたような貧相な花だった。鏡の中にいる私たちの、どちらからともなく笑いがこぼれた。
吊るしたままの風鈴がちりんと鳴って、妻の名のない離婚届が卓袱台の上で同じ風に揺れた。