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第13回中高生1000字小説バトル Entry7

ある日ある午後

「ねぇきみは」
 心地よいかれの声。心の奧に響く心地よいバリトン。
 港のカフェテラス。そこにいるのは若いカップルが多い。味と値段と舞台とを考えれば当然のことだ。
「怖くなったことはない?」
「あるわ」
 あなたと一緒にいること。いつ別れ話を切り出されるかといつもぞくぞくしてる。質の悪いオリーブオイルを使っているらしく、そのためだまになったスパゲティを口に運ぶ。
 ここにいる彼らはきっと味の事なんてどうでも良いんだろう。お互いの瞳を見つめあうだけで欲情できるから。ふと私たちはどうなのだろうと思う。
「僕は」
 彼は続ける。
 私はフォークにサラダ菜をさす。ドレッシングの為に野菜特有の青臭さなどまるで感じない。
「生きているのがこわいよ」
 別れ話を切り出そうとしているのだろうか。ナプキンで口を拭う。
「どうして?」
 おかしな具合に声がかすれてしまう。
「死ぬのがすぐにわかるから」
 私は彼の瞳を見つめる。彼は知識ばかり持っていて感情の制御ができない子供だ。彼は私の事をどう思っているのだろう。
「そうね」
 義務的に。私は彼の独白を聞く。
「生きているあまりにも小さな確率であまりに小さい生きているんだ恐いよなぜだか知らない死じゃないのに」
 彼の言葉はもう意味を成していない。ただがむしゃらな恐怖でものを言っている。
「人類がいなくなるなんて冗談じゃないんだ僕は」 
 義務的に。私は大丈夫と言いながら体の位置を変える。そして顔を近づける。彼はオレンジジュースの匂いがした。頭をなでてやる。もう一度大丈夫と言いこれではまるで母親だと思う。彼の母親は彼が幼い頃に死んでいるし、彼の奇形のマザーコンプレックスだと。
「だぁいじょうぶ」
 言って彼の瞳をのぞき込む。そこに先ほどまでの混沌とした感情は見えない。彼を手玉に取るのはとても簡単。でもいつ別れ話が出てくるのかと不安でならない。彼のことがわからないから。
「大丈夫、私が生きていてあげるわ」
 彼の眼鏡を外す。くちづける。これは誰にでもできることなのかも知れない。でも私にしかできないことかも知れないのだ。私たちには性欲が必要じゃない。彼に必要なのは、慈愛であり赦しだ。それは少なくとも今のところ。私は何が欲しいのだろうか。
「食べ終わった?」
 彼が訊いた。サラダと冷製スパゲティがまだ残っている。彼はオレンジジュースをもう飲み終わっている。
「待ってるよ」
 眼鏡をかけると彼は言った。

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