第6回中高生3000字小説バトル Entry11
昔はまりにはまったミニ四駆のモータを、こんなときに利用できるなんで思いもしなかった。
父さんの寝室の押し入れで、約4年間ほこりをかぶっていた。取り出すとき、箱の取っ手に蜘蛛のような足を持った虫が、にょきにょきうごめいていた。
それを複雑な気分で、僕は手で振り払う。そこまで僕もお人よしではない。その虫の名前も知らないくせに、見た目で悪と決め付けるような容赦のないことだってする。
人間は気紛れだ。
それは僕も同じなのである。
いや、僕は変わった人間なんかじゃない。
当たり前の人間だからこそ、僕はいま、飛行機なんか作っているのだ。
晩飯を食べ終わり、僕は部屋に戻った。灯りも、テレビも点けっぱなしだった。まぁ、電気代は僕が払うわけでないので、それに対して特別悔んだりしない。
ベッドに放っていたビニールブクロを乱暴に引き裂いた。中から今日購入した、僕が2番目に好きな歌手の新曲を開けると、コンポの下品な口へそれを大事に差し出した。
イントロが始まると、僕はふふんと鼻を鳴らしながらベッドに身体を投げ出した。反動でぎしぎしと4本の足が悲鳴を上げる。
くるりとうつ伏せになり、さっき破ったふくろから、同じく今日ゲットした小説を取り出した。
ワクワクしながらページの一枚目をめくると、丁度曲はイントロが終わり、しゃがれた声色の唄が始まった。その歌手は、作詞作曲、ベース、コーラスまで自分で担当している。だからこそ僕はその歌手が二番目に好きなのだ。
いまCDでは、男が泣いてる場面だった。朝起きると、自分が付き合っていた彼女が、その辺に飛んでるような虫に変わってしまったのだという。
だが、男は翌朝になると、何でもないような顔で朝日を迎えていた。そして別の女を部屋に連れてくると、ベッドをリズムよくきしませながら、周りを浮遊する一匹の虫を申し訳なさそうに叩き落してしまった、という曲だった。
それは別段ブっ飛んだことではなく―――人間が虫になるというのは置いといて―――当たり前の人間の行動だろう。それを夏らしいメロディーにのせて、さわやかに歌いこなすのだから、僕はこの歌手を二番目に尊敬している。
唄は終わり、僕は小説の世界に感情移入するため、コンポを消そうと床に手を伸ばした。リモコンの信号を鏡に反射させ、本に向き直ろうとベッドにふっと視線を落としたとき―――その虫はいた。
ハエとも蚊とも言えない、どこにでもいる、丁度今掛けたCDに登場するようなただの虫だった。何故かは分からない。本当に後から考えてみても、どうしてそんな気持ちになったのか、とても奇妙だと思う。
ひとつ理由を付けるなら、その虫は、ひどく弱々しかったということだ。米粒ほどの身体を左右に震わせ、僕の手でも当たったのか、羽が片方だけしかなかった。
こいつはこれからどう生きていくのだろう。髪の毛ほどの足で、どこへ行くというのだろう。
ひどく興味が沸くとともに、この虫が哀れでしょうがなかった。
そして不思議なことに、このチリほどの虫を助けたい≠ニいう衝動にかられたのだ。
机のうえで作業を始めて、もう2時間が経とうとしている。厚紙を紙飛行機のようにかたどって、前方にモーターをつないだプロペラを貼り付け、あとは前後左右の重さのバランスを調整する。と、口で言うのは簡単だったが、本当に飛ぶのかどうか不安である。
まぁ、人間は肝心なところでアバウトだ。はっきり言って、助けたい、と本当に命を救いたいなら飛行機など作ってる場合ではないと、工作しながらも自覚している。
ただ、虫が二度と空を飛べない、というのは僕は涙がでるほど悲しいことのような気がしてならなかったのだ。実際僕は、一枚しかない羽を羽ばたかせて、必死に飛ぼうと身を震わせている虫をみて目頭が熱くなった。
「よしっ、完成だ」
頭で想い描いていたとおりの、厚紙飛行機が出来上がった。飛んだとき重心が前のめりにならないように、後ろの単三の電池を微妙に後ろへずらす。
何となく、テスト飛行はしたくなかった。
この飛行機に自信がなかったといえばそうなのだが、一回勝負をすれば上手くいくような、全く根拠なんてないいい加減な、それでも雲をつかむような確信があったのだ。
ベットのシーツの上の虫は、もう歩く事さえままならないくらい力がなかった。ぐっ、と僕は胸がつまり、優しくその虫をしわしわのコクピットへ案内した。
「待ってろよ、今飛ばせてやるからな」
窓を開けると、三日月が輝いていた。その光はとても強い。風はわざと気を利かせてくれたのか、丁度いい追い風だった。これなら、上手く乗れば、延々と空を飛んでられるだろう。
「いくぞー……、虫!」
今さらになって、名前でもつけりゃよかったと後悔する。まぁ、図鑑でも見たらカタカナの理科的な言葉で名づけられているのだろうが。
その虫を、なるべく風圧を受けない場所まで指で先導させた。あまりに呆気ない幕切れは、見たくなかったからだ。
モーターのスイッチを付ける。ブーンと、荒っぽい音をまき散らしながらも、プロペラは問題なく回転した。
力の入れ具合は難しいところだったが、あまり悩まない方が成功するような気がしたので、とりあえず気持ちで押し出すことにした。
そして、目標を定める。
目指すは―――三日月。
僕は息を吸い込んだ。
夜の空気が胸に澄みわたる。
手にべっとりとした汗がにじみ出る。
風が流れている。
その流れを感じながら、右腕を頭の後ろの方まで引いた。
機嫌の悪い三日月が、か弱い虫を受け入れてくれることを願いながら、僕は飛行機を、夜の闇に飛ばした。
「……いけっ、飛べ!」
意外なことに、飛行機はちゃんと真っ直ぐ飛んだ。しかも追い風に乗って、どんどん高度を上げている。
三日月の突き刺すような光が、一筋の道に変わったような気がした。虫を乗せた飛行機は、その道をぐんぐん進んでいる。
マジかよ……、と僕は思わず感嘆の声を漏らした。
虫は笑っている。
目には映らないが、僕が虫なら間違いなく笑っている。
―――そして、飛行機はとうとう見えなくなった。
それを確認すると、僕は窓を閉め、軽いガッツポーズをした。虫はもしかしたら、本当に月へ行ったのかも知れない。そんないつもなら鼻で笑いたくなるようなことも、今の僕は本気で想っている。
ふと、上を見上げると、蛍光灯の周りにさっきと同じような虫が何匹も群がっていた。
いつもなら顔をしかめて殺虫剤を吹きかけるとこだが、今夜くらいは好きにさせとこうと、何もしないでベッドに寝転んだ。
これもまた人間の気紛れである。
……けどまぁ、悪い気分はしなかった。