第6回中高生3000字小説バトル Entry9
その日はひどく寒かったのを覚えている。
後はひどく曖昧で、僕と誰かが公園のベンチで座って居たことと、暖かな缶コーヒーで手を温めていたことだけしか覚えていない。
しかもそれは長い時間、真面目なようで不真面目な、意味が有って意味が在る時間だったと思う。
「なあ、人ってさ、脆いものだよな」
誰かが言った。
僕以外の、誰かだ。
ひどく感慨深げであったし、ひどく投げやりな感じを受けさせた。
僕は何気無しに「生き物って、そんなものだろ」と相づちをうった。
「ああ。そうだな。本当に、脆いんだよ。
ちょっと手を加えただけでさ、動かなくなっちまう。それに、俺はその気じゃなかったんだよ。ただ暇だった。だからやったんだよ。それなのにさ、反則だよな、動かなくなっちまうなんて」
ズズズッ、とコーヒーをすする音。ハァ、と息を吐く音。
それらは白い吐息と共に、夜の空へと消えていった。
「なあ、人を殺したらさ、犯罪だよなぁ」
「そうだな」
僕は即答した。
「けどさぁ、正当防衛ってあるじゃんよ。あれも人殺しだろ?」
「でもそれは、自分を守るため仕方なく、だろ。ぜんぜん違うよ、状況が」
「でも俺は仕方なくやったんだぜ。暇をつぶすためにさ」
ハァ、と僕は息を吐いた。
もやもやとした魂のような白さが、黒の中へと融けていく。
感慨深げに、二人でその消え様を見送った。
「人間なんて、そんなもんだろ?
矛盾だらけで生きてるし、矛盾だらけで生きて行くし、矛盾だらけで死んで行くし、矛盾だらけで忘れてゆく。だったらゴミのような人間の一人や二人、居なくなったって、矛盾の中の範疇なんじゃないのかな。
ほら、動物は同族同士で間引きをするって言うじゃないか。
あれは生きるための殺し合いだ。
それと俺と、どこが違うんだろう」
「さあな。わからない」
僕は肩を竦めた。
「けど、僕は嫌だね。矛盾でも何でもいいけど、僕はそんなので殺されたくない。それに、どうしようもない人間だって、生きている価値はあるだろうさ。さもなければ、生まれもしないんだろうから」
「けど、駄目なものは、確固として存在する」
「まあね」
僕はコーヒーを飲みきった。
ポン、と投げた空缶が、ごみ箱の中へと落ちていった。
「けどさ、許されないことは、許されないこと。
確固たる罰もまた、存在する」
「そうだな」
誰かは頷いた。
ひどく恐い顔をして、グッ、と拳を握り込んだ。
ベコリと缶が凹んでしまい、地面に落ちてカラカラと鳴った。
「だから戦うよ、俺は。
別に悪くないんだから、罰を受ける必要はない。
それに、お前以外にこれを知る者はいないんだから」
「へぇ。その足で帰ってきたのか」
よく見ると、その人の手首は赤く黒い物で染まっていた。
でもそれは所詮絵の具のようで、まるで現実感がない。
パリパリと手の表面から剥がれる音と、生臭さく、鉄臭い香りが辺りに漂う。
「僕も、殺すのかい?」
「そう、なるな」
その人はひどく恐い顔のまま、ポケットからナイフを取り出した。
刃渡り七センチほどの、クルクルとまわして自慢してみせるタイプのナイフだ。
「悪いな、うん。悪いと思う」
「なら殺さないでさ、そのまま帰ればいいよ。
暖かい寝床で寝て、温かいご飯を食べて、普通に生活すればいい。
僕は知らないけど、警察が知るまでは、平和に暮らせるよ、きっと」
「それじゃあ、困るんだよ。俺は悪くないんだよ。だから、罰は無い。罰は無いんだから、何も困る必要はない」
「それは君の問題だよ」
「いいや、俺らの問題だね。
問題を共有するのだから、お前も犯人だよ」
「それはひどいなぁ。僕は何もしてないよ。
それこそ、無実さ。罰なんて、必要無い。罰は悪い人が受けるものだから」
「そうだ。その通りだよ。
だから俺に罰は似合わない。だから俺に罰は必要無い。俺は悪くない。俺はいい子だ」
「駄目だね。自分で言ってるようじゃ、いい子なんかじゃ、少なくともないよ」
僕は立ち上がり、尻をはたいた。
その人も立ちあがり、同じように尻を叩く。
「お別れ、だね」
僕は言った。
「ああ、そうだな」
その人は言った。
僕は始めて、その人の顔を見た。
金色の髪で、どこにでもいそうな風貌で、目が血走ったまま必死に辺りを見回していた。
ああ、確か、こんな風に思ってやればいいんだな。
哀れだよ、君。
「ここでお前が死ねば、また元通りだ」
「ああ、外面はそうかもしれないね」
僕は頷き、空を見上げた。
真ん丸のお月様が、はずかしげに顔を覗かせている。
酷く静かな夜だ。
辺りには僕とその人以外、誰も居ない。
「でもね、罪は無くならないよ。
人である限り、ね」
「そんなもの、最初から無いさ」
吐き捨てるように彼は言う。
「でもね、あるんだよ。
人でいる限り、人の法には従わなくてはいけない。
人はね、人を殺しちゃいけないんだ。
それは自分が知っている。本能が、そう教えてくれる。根元理性がそれがいけない、と止めてくれる。人である限り、人を殺す罪からは逃れられないよ」
「関係ないね」
その人は血走った目のまま、僕に向かって一歩踏み出した。
「罪なんて、僕には無い。だから、罰なんて、必要ない」
「ふぅん。罪が無いなら、そのナイフを仕舞ったほうがいいよ。
そんなもの、ちらつかせたら、恐い人たちが寄ってくるよ」
「その前に、お前が居なくなればいいんだ」
血走った目は、まるで血そのもののよう。
まるで獣のようで、理性を忘れているようだ。
いや、忘れようとしているみたいで、ひどく哀れ。
ひどく、
哀れだ。
「本当に、やるの?」
「ああ」
ためらいはない。彼は僕の目を見た。
あ〜あ。駄目なのに。
僕を敵と認めたら、駄目なのに。
彼はそれをしてしまった。
「人を殺せば、人により裁かれる。人が人を裁く以外に、誰が人を裁けようか」
「へぇ、哲学的じゃないか」
彼は馬鹿にしたように、ナイフを振り上げつつ言った。
僕は空を見上げ、手を広げ、月を抱き込んだ。
「もし神よ、天井より我を見下ろしているのなら、今答えよ。汝は本当に、神たる神なのか」
「答えるものは、いないさ」
彼のナイフは、すぐ僕の前まで迫った。
振り下ろせば、僕の目に突き刺さるだろう。
「神なんて、いない」
「なれば見よ。
人は神を造り、神たる者を創った。
人は群れることにより、強きモノを追い払った。
これが、人の力。
人が、使う力。
即ち――」
ナイフが、僕に、迫った。
「――人類の、理性である」
ナイフが、僕を刺した。
だから、彼も刺された。
僕の右目に刺さったように、彼の右目にも何かが刺さった。
「心の痛みが、体の痛みに。
理性の痛みが、体の痛みに」
もんどりうって倒れつつ、意味不明な単語を叫ぶ彼に言ってやった。
「人は言う。
我は、神の代行者だと。
神とは、人の事であり、人の集まりの上に立ち、外敵から守るものである」
そして、
僕の手は、
簡単に、
彼の頭を握り潰した。
気をつけよう。
独り言を聞くものは居る。
それは誰でもない、
貴方自身。
もしそれが、自分を怨む独り言であるのなら、
自分で自分を殺したいと本当に思うのなら、
僕が現れる。
僕が現れて、それで道を省みなければ、
僕が、
貴方を、
人の道に戻します。