第8回中高生3000字小説バトル Entry7
独り、此の場所で泣いている。
独房の中で、独りを体験した。
優しい歌が聞こえる。
アリアの、何処となく淋しい、でも優しい歌。
もう一度立ち上がって見ようと思った。
顔を上げて見ようと思った。
そして、声を出して見ようと思った。
―――密やかな空間で独り決意を擁いたが其れは幻想でしかなく、一瞬の勇気が出たきりだった。過ぎ去ってしまった勇気は再び奮い立つ事もせず、此方に背を向けいじけている。
「さあ、話を聞こうか。」
訊問員が昨日までの調書を一枚一枚捲りながら、私を見る。然し私と言えば俯いたまま何も言わない。其れ所か、微かな震えさえ催している。―――訊問員は、何も言わずに私を見ている。
呆れているのか。其れとも怒っているのか。厭だ、無言は止せ、止してくれ―――此方を見るな。私は只此処に居るだけだ。何もしていない。只、只、只、話を聞いているんだ、其れだけだ。
「般若君、話してくれないと君を此処から出す訳にはいかない。此処は嫌いなのだろう、前から言っていたように。」
ああ、嫌いだ―――。心の中で言った言葉が調書へと送られる。訊問員は漸くと言った風な溜息を附きながら、其れを確認する。
「そうか。じゃあ、話してくれるのかい。」
其れと此れとは話が違う―――私はそうとも言った。然し其れが調書へ送られる事は無かった。―――訊問員が、咎めたのだ。
私は此の侭心で訴えるのだろうか。
何が出来るのだろうか。
今は、訴える事しか出来ない。
何も言う事が出来ない。
地下室の暗い空気に変化があった。
「般若君、話す気になったかい。」
何時もと変わりは無いが―――そう訴えかけると、訊問員は空かさず言った。
「そう言うと思ってな、今日は気分転換にでもと。」
ガチャ、と馬鹿でかい鍵が外れると同時に、訊問員が入って来た。中と外の空気は一緒だが、何処となく新鮮な感じがする。
「さぁさ、行こうか」
私の意見等お構い無しに、腕を引っ張り始めた。然し抵抗する力等持ち合わせていなかった私は、呆気無く外へと連れ出された。
長い廊下を歩く。私を、連れ出していいのか。
「何時からかな、君が此処に入ったのは。」
何時だったかな―――考えてみると、月日が流れるのは早いものである。彼此、十年であろうか。
「未だ二十だもんなァ、君も。」
周りからは随分貫禄があると言われる。然し其れは容姿ではない。容姿と言えど未だ二十である。少年とも、青年とも言えない微妙な位置にある。貫禄とは、「訴え方」か?
「もう少し遅くに転生していれば、君は此処に居なかったのかも知れないな。」
其れは――如何かな―――
ハハ、と訊問員の微笑が聞こえた。
「少なくとも、俺は君の力が凄い事は分かっているつもりだ。其れに悪用するなんて考えても居ない。」
其れなら早く出してくれ―――私は彼の其の言葉を何度も聞いた。そして、彼は無理さ、俺が決める事では無いのだから―――とも言った。
私には、其れが偽善に聞こえて仕方が無い。勿論彼にはそんな気等更々無いと思うが、如何してもそう思ってしまうのだ。―――何時もの、悪い癖だ。相手を分かろうとしない。
そんな私の気持ちを分かっているのか、訊問員は何時もの台詞の後に必ず言う事があった。
「人の気持ちなんて誰が分かるって言うんだ。分かるのは自分だけでいいんだ。」
其の後、決まって私は彼の事が近くに感じる。一瞬の事だが、其の時がとてつもなく待ち遠しい。
考えている内に、外へと出た。
「此処が気分転換の場所さ。」
見渡す限りの草原に、私は立っていた。
くらくらするほどの緑に、思わず目を瞑る。然し幾ら目を瞑った所で、私が見た緑の記憶は、頭にこびり付いて尚も幻想的な色を見せる。
「如何だ?いい刺激だろう。」
幾ら何でも刺激的過ぎだ―――行き成りこんな場所に連れて来られても、今まで暗い地下の独房に居た私にとって、余にも驚く光景には違いない。
然し―――私が居たのはこんな場所の地下だったのか。十年が経つ今まで外に出た事が無かった。こうして外に出られたのは、此の訊問員の御蔭か。
今までに、幾度となく訊問員は変えられた。
直ぐ殴る者、直ぐ罵声を浴びせる者、喋らない者、泣く者、暗い者。
数えれば切りが無い。然し其れは思い出だ。今はこんなに親切な訊問員が居る。だが、此の時も何時まで続くのか。若し外に出たのが無断だったのであれば問題だ。否、若しかしたら既に移動が決まっているのかも知れない。
如何か、もう少しだけ此処に居て欲しい。
もう少しで、全てを話せるから。
あと少し。
あと、少し。
「般若君、俺。」
「今日で君の訊問員は終わりなんだ。」
皮肉に過ぎる時間は、早過ぎた。
もう、何も話す事が無くなった様にも思える。
外を見て、二年。私も二十二に成った。
変わった事と言えば何だろうか。外に出るようになったとか、藻鍬総帥のレセプションに出席する等、そう言う所か。
だが其のレセプションにもあの訊問員は居なかった。
辞めて、しまったのだろうか。
私は何故か激しい罪悪感に苛まれた。私が悪かったのか。気持ちが揺らぐ。何故だ。私の中の罪悪感が、私の何かを引き出そうとしている。私は、矢張りあれから話しては居ない。
「―――。」
もう、話す事を忘れてしまった。声帯も錆びてしまっているのか、其れとも自らの意思なのか、分からずに居る。
否、分からないのではない。分かろうとしないのだ。私は駄目な人間だ。知る事を恐れている。
此処まで分かっているのに、如何して認めないのだ。後は、認めるだけなのに。
―――私は考える事を止めた。酷く、疲れた。
坂上の櫓の陰から人の声が聞こえる。レセプションを途中で抜け、庭へと出た私は興味本位で其の場所に向かって歩き始めた。
風が頬を叩く。―――歓迎されていないのか―――別に好きな訳でもないし、かと言って拒絶するほど嫌いでもない。普段気にも止めない事なのに、今更自然に好かれようとしている。好きになられた所で何が変わる事も無いが、只此の地と一体でありたかった。何処からこんな感情が湧き出て来るかは分からない。何かが、あの時から変化している。
ポツポツ考えている頭を止めると、私は立ち止まっていた。立っている所は丁度坂上の辺りで、人の声も先程より大きく聞こえた。失礼ながらも私は、其処を覗いて見る事にした。
―――誰か、居るのか。
真実、顔が強張ったのを認めた。
誰も居ない坂上の櫓に、私は愕然とした。
今し方声が聞こえていた筈の場所には、声は愚か其の主さえも居なかった。
何故だ。
何故此処に居ない。
幻聴か?
否、声は確かに聞こえた。
私の頭が狂って行く。世界が、狂って行く。如何なっている、私は何処に居る。私は此処に居る。其れとも消えてしまったのか。今の声のように?可笑しい、何かが可笑しい。矢張り、あの時からだ。何があった、一体何があったのだ。―――思い出せない。胸が、苦しい。
其処は何時もの牢獄だった。夢、だったか。気が附けば全てが嘘に感じる。
案の定、其れは嘘だった。
起き上がって鉄棒の外を見ても、あの訊問員は居た。
長い、夢であった。夢であって良かったと思う。若し夢でなかったら―――
私は其れこそ錯乱して、狂っていたかも知れない。
訊問員は起きた私に気付いたのか、此方に歩み寄って来た。そして微笑みながら言った。
「如何かな?あの夢の後味は。」
―――私は、彼こそが全ての元凶だと確信した。